世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2235
世界経済評論IMPACT No.2235

COVID-19の蔓延とワクチンの開発:モデルナ社とBioNTech

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2021.07.26

モデルナとBioNTech創業者との出会い

 カタリンとワイスマンとの研究成果は,カナダ人のデリック・ロッシ(Derrick Rossi)とドイツに移民したトルコ系医師のウール・シャヒン(Ugur Sahin)が注目することとなった。前者のロッシはモデルナ(Moderna)社の創業者の一人で,後者はBioNTech(バイオンテック)の創業者兼CEOである。

 ロッシがカタリンとワイスマンの論文を読んだのは,スタンフォード大学でポストドクターの時期であった。2人の研究が独創的な発見で,世界の医学領域に大きな発展をもたらすとロッシは気が付いた。2010年,既にハーバード大学医学部で准教授に就任したロッシは,ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の教授らを説得し,マサチューセッツ州ケンブリッジにバイオ企業のモデルナを設立した。「モデルナ(Moderna)」の社名の由来は,「modified」(修飾する)と「RNA」の造語である。その後,創業者のロッシは他のメンバーとの意見が合わず辞職したが,今日,モデルナは世界有数のワクチン製造企業に成長した。

 ドイツのマインツ市,トルコ系医師夫婦のウール・シャヒンとエズレム・テュレジ(Özlem Türeci)は,2008年にBioNTechを創設した。主にパソナライズ・ワクチン(personalized vaccines)による癌細胞の研究を行っていて,mRNAによる癌に対抗する薬物の開発がこの企業の主な業務である。本社はマサチューセッツ州ケンブリッジに設けられている。

 ペンシルベニア大学がカタリンとワイスマンのmRNAの特許を協力企業に譲与した後,モデルナとBioNTechは協力企業から特許権を入手した。カタリンとウィスマンの研究は世紀的な大発見に値するものであったが,大学は「教員に適しない」を理由に,1995年に教職ポストから解職した。BioNTechは直ちに招聘し,2013年にカタリンは大学から離れ,BioNTechの副社長に迎えられた。カタリンの加入によって,BioNTechの研究力は一段と向上するようになった。

COVID-19の蔓延とワクチンの開発

 2019年末,武漢に新型コロナ(COVID-19)が蔓延し始め,中国の科学者は2020年1月にウイルスの遺伝子配列を発表した。BioNTechのシャヒンはコロナ禍が世界的大流行(パンデミック)になると予見し,大手医薬企業ファイザーをワクチン生産のパートナーと考えた。過去において,mRNAタイプのインフルエンザの開発にこの2社は協力したことがあった。2020年3月,シャヒンはファイザーの上層部に電話をかけ,積極的な回答を得た。

 BioNTechとモデルナはmRNAの特許技術を手にして,コロナ禍の猖獗にワクチンの開発によって直ちに対応することができた。中国の科学者から遺伝子配列の提供を受け,BioNTechはわずか数時間で新型コロナウイルス対応のmRNAワクチンを開発した。モデルナは2日間でmRNAワクチンを開発した。のちに蔓延するイギリス変異株(アルファ)やインド変異株(デルタ)などワクチンの開発も,直ちに対応することができた。

 なぜ直ちにワクチンを開発することができたのか。理由はmRNAの技術を使用すると,企業はウイルスを入手してからワクチンを製造するプロセスが省けるからである。ウイルスの遺伝子配列がわかると,コンピュータ計算で,どのような化学物資を組み合わせて,どのような順序で配列すれば良いかが判明する。もちろん,食品医薬品局(FDA)からの認証を受ける場合,3期の臨床試験の実施が必要である。

 新型コロナの外層には「冠」のような突起物があり,この突起物はスパイク蛋白質(spike proteins)と呼ばれている。このスパイク蛋白質がヒトの細胞に付着すると,ウイルスは細胞に入り感染する仕組みである。mRNAワクチンを接種した場合,体内に入ったmRNAはヒトの細胞内に,コロナウイルスに類似した「ニセのスパイク蛋白質」(ウイルスの設計図)に対応する中和抗体を生成させる仕組みである。mRNAワクチンを接種した場合,体内に入ったのは「ウイルスの設計図」であり,本物のコロナウイルスを感染させることはない。

 過去において,mRNAの分子が安定せず,細胞に進入しにくい短所があった。2015年,カタリン,ワイスマンらは共同研究を発表し,mRNAを小ネズミの体内に入れる新しい方法を発見した。脂質ナノ粒子(lipid nanoparticles)の保護的脂質シェルを使うと,壊れやすいmRNAが分解せずに,細胞の正確な場所(リポソーム)に入ることができる。要するに,脂質シェルを使いmRNAを囲むと,体内免疫システムの働きによって破壊されず,ワクチンの細胞とヒトの細胞が融合することができる。2005年と2015年の2つの研究成果からBioNTechとモデルナのワクチンの主な障害を取り除くことができ,ワクチン開発の基礎を構築することができた。

 2020年11月8日,BioNTechとファイザー製のワクチンの臨床試験の結果から,mRNAワクチンは95%の高い保護効果を発揮すると明らかになった。同年12月,mRNAワクチンの一般接種が始まった。

 パンデミックから人類を助ける「救命ワクチン」として,カタリンとワイスマンの功績が世界から注目されるようになった。2020年にアメリカの医学賞,ローゼンスティール賞を受賞,2021年にヴィルヘルム・エクスナー・メダル,アストゥリアス皇太子賞学術・技術研究部門を受賞し,今年度のノーベル医学・生理学賞の本命候補と言われている。

後記:この原稿は「mRNAワクチンの開発物語:ノーベル生理学・医学賞の本命候補カタリンとワイスマン」に続くものである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2235.html)

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