世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2158
世界経済評論IMPACT No.2158

2035年に向けてカギとなる「基礎研究」:清華大学はハーバード大学を超えるか?

朽木昭文

(国際貿易投資研究所 客員研究員・放送大学 客員教授)

2021.05.24

 2021年3月の中国の全国人民代表大会で,2035年までの長期目標要綱が承認された。習近平氏は,2018年に「基礎研究は科学体系全体の源である。先行的な基礎研究,指導的な独創的成果の重大な突破を実現し,世界的科学技術強国建設の基礎を固めなければならない」と述べた(注1)。李克強氏は,南京大学において「基礎研究」の状況を視察し,研究者たちが領域を越え,「イノベーション」を推進するよう促した(注2)。このように中国のトップはそろって「基礎研究」の重要性を強調する。

 中国が2035年に向けて目指すのは,「イノベーション」によるグリーン経済とともに「デジタル経済」の建設である。本稿は,米中経済覇権争いを根底で左右するのは「基礎研究」であるとことを示す。

1.イノベーション

 習氏は,21世紀に入って以降に,新ラウンドの科学技術革命とイノベーションがグローバルなイノベーションの版図を再構築すると考える(注1)。国家発展改革委員会などの13部門は,中国の製造業向けサービス業のイノベーション能力の向上を図る(北京2021年3月23日発新華社)。工業・情報化省次官の辛国斌氏は,浙江省杭州に本社を置く総合半導体メーカー,シーラン・マイクロエレクトロニクスを訪れ,自主イノベーションを基に,ブランド力のある一流企業にするため努めるよう激励した(東京2021年3月23日発中国通信。証券時報電子版)。

2.デジタル経済

 第14次5カ年計画期(以下「14・5」計画期,2021~25年)は,「デジタル経済」を新たな状況を迎えるための重要な任務としてとらえている。また,北京市の副都心通州区は,デジタル経済を重点的に発展させ,国際競争力のあるデジタル産業クラスターを築く(注3)。第4回デジタル中国建設サミットが2021年4月25日から26日まで福建省福州で開催された(注4)。

 デジタル経済の新たな枠組み開拓の重点が,「イノベーション」のための基礎研究にある。

3.基礎研究費

 基礎研究費は,13・5計画期(2016~20年)では,中央財政の科学技術向け投入が70%増えて2倍となった。社会全体の研究開発総経費に占める基礎研究の割合は,2018年まで5%前後していたが,2019年に初めて6%を超え,2020年に6.16%に達した。

 2021年度の財政政策の主要支出政策政府活動報告では,2020年に安定した支援の仕組みを整え,中央レベルの基礎研究支出を10.6%伸ばすとしている。「14・5」計画期と2035年長期目標要綱草案によると,中国の一連の施策は,基礎研究10カ年行動プランを策定・実施し,一群の基礎学科研究センターを重点配置し,研究開発経費投入に占める基礎研究経費の割合を8%以上に高める(注5)。

 また,企業の研究開発費加算控除比率を75%に引き上げる政策を引き続き実施し,製造業企業の研究開発費加算控除比率をさらに100%に引き上げ,税制優遇の仕組みを活用して企業による研究開発投資の拡大を奨励する(注6)。

 以上の政策による基礎研究費の引き上げが,企業と人材のイノベーションの活力を引き出す。

4.ファンド

 イノベーションにとっては,基礎研究費とともにファンドの設立が不可欠である。中国人民銀行(中央銀行)と外国為替管理局は,深圳と北京で多国籍企業の人民元・外貨一体化資金プーリング業務第1回実験を行うことを決定した。多国籍企業グループの資金の使用を一段と円滑化する(北京3月12日発新華社)。

 また,広東省深圳の多国籍企業は,これまで193の各種越境資金プールを設立している。そして,クロスボーダー資金移動規模は2,000億ドルを超える(注7)。

5.残された課題:世界トップ人材の招致

 国家知的財産権局は,中国安吉,中国桐郷(現代服飾),中国海寧(繊維品・アパレルとリビング)の各知的財産権迅速権益保護センター(3カ所とも浙江省)の設立に同意した。全国ですでに完成し,または建設中の知的財産権迅速権益保護センターは,これにより計25カ所となった(北京2021年1月19日発新華社)。

 基礎研究によるイノベーションを左右するのは,中国港内での知的財産権の保護とともに「世界トップ人材」の招致である。清華大学は,2020年までに世界一流,2030年までに世界の一流ならびに先端,2050年までに世界トップレベルのハーバード大学やMITレベルの大学を目指す(2019年1月16日,国家発展計画)。この人材招致の「環境整備」が,米中覇権争いで中国に残された大きな課題であると思われる。

[注]
  • (1)2021年3月16日発売の雑誌『求是』(中国共産党中央機関誌)2021年第6号。東京3月18日発中国通信。
  • (2)南京2021年3月28日発新華社。
  • (3)北京市副都心党工作委員会委員・発展改革局局長の張艶林氏,北京2日発新華社電,2021年東京3月5日発中国通信。
  • (4)福州2021年4月25日発中国通信。新華社電子版27日。
  • (5)王志剛科学技術相,北京3月7日発新華社。
  • (6)財務省,2021年3月5日第13期全人代第4回会議,新華社は3月13日。
  • (7)中国人民銀行(中央銀行)深圳市中心支店。深圳3月13日発中国新聞社。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2158.html)

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