世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「規模の経済」でインドにシフトするスマホ部品産業
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.09.08
段階的製造プログラムにより「完成品」への関税率が「部品」に対するものをより上回ることが,国内へ外資製造業を誘致するための「マスタースイッチ」である。加えて,インドでは「生産連動型インセンティブ(PLI)」による「補助金」が,国内での「部品」の生産を増やすための「アクセル」になる(詳細は本コラム掲載の拙稿No.3975参照)。この成果があって,確かにインドにおける「スマートフォン(以下,スマホ)の産業集積」は進展した。
スマホの部品の主要な部品は,プロセッサ,ディスプレイ,5Gモデム,カメラなど数点で,その多くの供給企業が独占・寡占型の企業である。2020年以降に,多くの部品企業が,インドのもつ「規模の経済」に誘引され新規市場参入した。ただし,スマホの主要部品は更なる国内生産を拡大させる必要性がある。これを以下で説明しよう。
スマホの部品コスト(BOM: Bill of Materials)
iPhone16(標準モデル)の部品コストは約416ドルとされており,コストの占有率の内訳は以下の通りである(注1)。「ディスプレイが約65ドルで全体の約16%を占める。カメラセンサーやレンズなどの光学部品は,全体の15%程度を占めると推定される。プロセッサ(A18チップ)は約11%(約45ドル),5Gモデムは約7%(約28ドル),メモリ(RAM)は約4%(17ドル)程度」である。ストレージ(NANDフラッシュ)は,5〜6%(約20〜22ドル)と見積もられている」。
また,カメラコントロールボタンなど新しい操作系やセンサー類は約3ドルで1%未満で,残りの部品(基板,バッテリー,筐体)と組立,物流などのコストは,約258ドルで全体の62%である。
主要部品の供給企業の独占や寡占状況
2025年時点におけるiPhone16のプロセッサ,ディスプレイ,5Gモデム,カメラなどのコア部品の供給企業は,上述のとおりいくつかの分野で独占や寡占型の企業である(注2)。台湾のTSMCがプロセッサ(A18チップ/A18Pro)をアップル専用設計のSoC(System on a Chip)として独占的に供給する。サムスンディスプレイが,OLED(有機発光ダイオード)ディスプレイパネルを独占しており,LGディスプレイが標準モデルの一部を供給する。クアルコムが5Gモデムチップを独占的に供給する。SKハイニックが,DRAM(LPDDR5X)メモリをProモデル中心に独占的に供給する。他にマイクロンが一部供給する。LGイノテックスがカメラモジュールを主に供給する。ソニーセミコンダクタがイメージセンサー(CIS)をほぼ全モデルで独占的に供給する。
他方,電源管理IC(PMIC)や筐体部品(チタン・アルミ)などは,複数の米系企業やEMS(受託製造)により分散して供給される。NANDフラッシュは,キオクシア(日本)やSKハイニックスなど複数社により供給される。
PLI補助金は国内向けDTAでの生産に直接支給
2020年以降にFoxconnやサムスンは,PLI補助金のメリットを活用し大幅に増産した。部品メーカー参入の要因は主に次の2つである。第1の要因は部品への「関税」の効果である。第2の要因は,完成品生産が増大したことによる部品需要の増大,つまり「規模の経済」である。部品企業は,大量に部品を生産できるようになり生産コストを大幅に削減することができる。インドでは,部品の国産化が順調に進んだ。主要部品である①PCBA(基板実装),②ディスプレイ,③カメラモジュール,④バッテリーの国内調達率は,2016年ではすべての部品で数%であったものが,2020年には①40%,②18%,③15%,④45%と上昇し,更に2024年では①78%,②32%,③30%,④60%となった(注3)。
インド中間財の部品産業の未発達という課題
しかし,インドには部品産業の課題が依然として残る。2022年にベンガル―ル国際空港の輸出入は,輸入が輸出の約2倍である(注4)。スマホ産業の輸入品国は,携帯電話・その他の機器(主にスマートフォン),携帯用の自動データ処理機械等,集積回路,スイッチ・継電器・ヒューズ等,遠隔通信用機器等である。インドにおいてスマホ生産が増えれば増えるほど,中国から「部品」の輸入が増えるという構造が依然として残る。
2025年時点では求められる中間財の主要部品企業の国内誘致には成功していない。Apple向け主要半導体・高付加価値部品のサプライヤーは,2025年時点でインドに生産拠点を持ってない。その主要部品の企業は,TSMC(AシリーズSoC),ソニー(カメラセンサー),クアルコム(通信モデム),SKハイニックである。
[注]
- (1)Appleinsider, 「iPhone 16 models cost a little more to make than the iPhone 15」(2025年7月20日アクセス)。
- (2)Economic Daily News via TrendForce, 2024; TrendForce News, 2025「iPhone 16 with A18 Chip Excels in Computing Power, Boosting Taiwanese Supply Chain」(2025年7月20日アクセス)。 TrendForce News, 2025 from Commercial Times and Reuters,「TSMC Reportedly Powers Apple’s iPhone 16e with A18 Chip Built on N3E and C1 Modem on 4nm」(2025年7月20日アクセス)。Patently Apple, 2024「LG Innotek will exclusively supply the initial quantities of the iPhone 16 Pro’s Tetraprism 5X Telephoto Zoom lens」(2025年7月20日アクセス)。Morgan Stanley Research, 2024「Edge AI – Apple Intelligence Fuels Innovation」(2025年7月20日アクセス)。
- (3)Counter Point, Dec 24, 2024「India Smartphone Manufacturing and Component Localization Analysis, Q3 2024」(2025年7月20日アクセス)。
- (4)2023年6月1日付,ジェトロビジネス短信「スマートフォンの輸出伸長するも部材の輸入依存に課題(インド)」(2025年6月17日アクセス)。
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