世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2130
世界経済評論IMPACT No.2130

情報バブル(インフォデミック)の時代と,危機管理システム

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2021.04.26

 2017年米国トランプ政権の発足前後から現在に至るまで,グローバル社会では「フェイクニュース」と称される,客観的には些末・針小棒大であったり,不正確・虚偽・悪質・或いはコンテイジャス(汚染された‐Contagious)な情報が,バブルのように拡大して,各国の政治/経済/社会に対して様々な混乱や被害を引き起こすという現象が,一段と激しくなり,かつ日常的(ニューノーマル?)にもなってきた。特に2020年初から新型コロナウイルス感染症がパンデミック化するなかで,混乱しか引き起こさない無責任な憶測や類推,患者・医療従事者へのデマ/中傷/悪意ある攻撃は勿論のこと,同感染症に対する真偽不明・科学的根拠の無い疑わしい情報などが,グローバルに拡散(インフォデミック)され,錯綜した。

 膨大なフェイク情報(ニュースやメッセージ,写真/画像・動画)にグローバルな舞台を提供したのは,WEB(ICTプラットフォーム)と,SNS等のソーシャルメディアである。

 ブログやSNS等では,情報の価値は,まさにそのフォロワー(多寡や評価)によって大きく左右されることはいうまでもない。またその影響力は飛躍的に増大している。

 一方で大手メディアはというと,今回の新型コロナウイルス感染症という未知なる「脅威」に対して諸報道の正確性に混乱があるのはまだしも,米国(メディア)等で,報道する情報への価値判断以前の段階で,発信・取捨選択自体に明らかな「偏り」「党派性」が指摘されることが稀ではなくなった。つまり対立するメディア間において,複数のファクト(事実)・ツルース(真実)が併存する,という事態が生じたのである。しかもグローバル経済社会において,生産・流通・消費される情報の量とその拡散速度は格段に増大加速し,我々は現在その渦中にある。情報の価値自体が,その本来あるべき水準から乖離して膨張(或いは無視)する現象=まさに「情報バブル」の時代といえよう。たしかに身の回りで老若男女を問わず,人々がスマホ(の画面やメール)に投じている時間とエネルギーは膨大であり,とくに若年層ではその生活の大きな一部分を構成しているといっても過言ではない。

 筆者は各国・グローバル経済に,ドットコム・ショック(2001年),リーマンショック(2008年)等深刻な危機をもたらした金融バブルが発生し,繰り返すことの分析として,以下①~⑥を指摘したが,現在の「情報バブル」(情報とマネーではもちろん性格が異なるとはいえ)についても,類似した「背景」と「根拠」が指摘されることは指摘すべきと思われる。なお④と⑥の(下線部)は,情報バブルについての補足である。

  • ① 実際の需要(実需)が存在して,その⾼まり・持続がみられる
  • ② 多くの市場参加者・関係者の予想・期待が⼀致
  • ③ 前①・②要因が拡⼤することを助ける,「客観的条件や環境」(この場合は経済・社会)の存在
  • ④ バブル化した(この場合はSNS等で拡散される情報の)価値や需要に対する積極的な(理論的)根拠づけ,支持,追認,正当化の提供
  • ⑤ ブーム化と拡張(メディアによる直接・間接的な増勢・増幅,ネット/SNS等によるさらなる拡散,社会への浸透)
  • ⑥ 投機的な(この場合は情報を捏造・悪用・利用したサイバー攻撃など,バブルを加速する意図・目的がある,)オペレーションが増⼤,バブルをさらに膨張させる

 また筆者は以前に,「危機管理」の観点から,米国のエンロン事件(2001年)やリーマンショックに際して,本来市場において危機予防や危機へのモニタリング機能を期待されていた,格付け機関や会計事務所などの「最安価危機回避者」が,バブルや様々な問題の発生・拡大に警告し,抑制するという重要な機能に「不全」(第三者ではなくなり利益相反の発生・インセンティブがバブル経済で減退・モラルハザードの発生等による)を起こしていたことを指摘(「アメリカ経済がわかる本〈米国経済解体新書〉」東洋経済新報社,2012年)したが,「情報バブル」においてはどうであろうか?

 「情報」については,これまで大手マスメディア(新聞・雑誌・ラジオテレビなど)が,情報生産/入手における圧倒的(分野によっては独占的)プレゼンスにより,形作ってきた「秩序」が,ネットやSNSにより,個々人が情報の消費者のみならず発信者/生産者になることで,大きく相対化されかつ揺らいでいる,というのが現状である(情報の発信と伝達について,従来の記者会見や独占会見等でマスメディアに依存するというスタイルも,SNSを多用したトランプ大統領にみられるように,キーパーソンから聞き手に直接伝えられる,という手法に圧倒される事態も生じた)。

 これまで大手マスメディアは,経済社会に影響力ある情報の寡占的提供機関・媒体として,表現(言論)の自由,ジャーナリズムの独立性,情報源秘匿,報道の中立性といった理念を掲げ,政府当局をはじめとした政治・経済・社会的分野における権力・勢力に対峙してきた。同時に記事やニュースのスクリーニングを行うプロとして機能し,「フェイク」「ポスト・トウルース」などの流通を事前にブロックして,情報市場の秩序を維持してきたともいえよう。

 しかし米国に顕著に見られる様に,こうした大手メディア自体の意義/果す役割がネット情報やSNSによって著しく浸食され,しかも大手メディア自体が情報企業として,立場や党派性(さらには個別企業利害)を色濃く押し出したことで,そのプレスティージや信認も揺らいできている。こうした中では,上述の「再安価危機回避者」(専門的・独立した組織/集団として,広く消費者や人々のため政府・企業・市場などをモニターし,情報の非対称性を緩和すると共に,担当分野での危機/リスクの発生を最も早くかつ低コストでチェックし・警告・阻止できる「影響力」を,比較的容易に行使ができる存在)としての役割期待が,現在ではかなり難しくなっている。

 結果として,フェイクニュースやインフォデミックがもたらす社会的・経済的被害を防ぐためには,情報バブルに対する「直接・間接的規制」が必要とされ,議論されるわけである。

 そして実効的な規制(自主規制も含め)を行えるのは,今の所では各国政府当局と,WEBでの支配的な巨大プラットフォーマーしかないことから,現在各国・グローバル経済社会において,さまざまな綱引きが行われている。例えばEUは,情報の権利/個人情報保護を軸としたEU全域をカバーする法規制(「一般データ保護規制〔GDPR〕2018年」)を確立し,グローバルスタンダード化を指向する戦略であろう。

 しかしより長期的な視野に立てば,「情報バブル」への危機予防・管理を行う上で,政府や巨大プラットフォーマーの規制による枠組み以外に,DX時代の革新的「イノベーション」により,「デジタル民主主義」に対応した,新たな実効性と問題解決力を持つ「最安価危機回避者(システム)」の登場が,まさに望まれるステージに入った,とも言えよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2130.html)

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