世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「米国分断」の深層:中間層に累積するマグマ「Political Unfairness」
(桜美林大学 名誉教授)
2025.08.11
Ⅰ 米国の「分断」
近年主要メディアや有識者は,米国における(政治・社会的な)「分断」がかつてない程深刻化(Civil War状態?)していると指摘する。2024年末の大統領選挙を見ても,民主(progressive/環境主義派)vs. 共和(MAGA派)共に殆ど相容れない「支持基盤」が主役を務めた。確かにこうした分断/対立激化の背景として,様々な非妥協的「岩盤的支持層(群)」(前述2者に加え,例えばキリスト教福音派等が挙げられる)のプレゼンス拡大がある。
更に州単位の統治勢力図でも,民主(ブルー)州, 共和(レッド)州の固定化が指摘されて久しい。90年代以降,各州で民主・共和一方が知事/議会(或いは双方)を長期に亘り支配する状態も目立っており,地域的な政治支配でも政策の方向性で,分極化が進行している。
一方これまでの米国の歴史においても二大政党を軸とした深刻な対立局面は多々あったし,国の行動指針は,大統領選挙や議会(連邦/各州)選挙における国民の投票に,「選択」が委ねられてきた。米国民の「投票行動」分析は非常に重要で,これまでも「人種(民族)」「宗教」「地域」「学歴」「イデオロギー」「帰属集団(大企業/労働組合他)」「富裕度(格差)」等,属性/集団による「説明変数」を組合せた「方程式」(?)」により解読が行われてきた(逆にこの集団や属性をターゲットとして,SNS/ネット媒体を使用するマーケティングは非常に効果的であり,ネットを駆使して呼びかけられる「支持」「献金」「集会」「イベント」による紐帯強化が,投票行動を左右する最有力な選挙システムとして,重視されつつある)。
しかし「白人(人種)」「中/低所得(非富裕層)」といった,多数を占める米国民(中間層)の支持動向を中長期的に見れば,(インフレや外交の失策で信頼を失ったカーター民主党を離れ)レーガンデモクラット化して長期に亘り共和党を支持したり,(『大量破壊兵器保有』等と虚偽疑惑を名目に掲げ,グローバルに「テロとの戦い」を主導し泥沼に陥り,米国金融経済をリーマンショックで深刻な危機に陥らせた,ブッシュ(子)共和党を見限り)オバマ民主党に再生を託す等,節目における投票行動においては,選択に大きな変化/スイングが示されてきた。現在米国が深刻な「分断」に陥っているという認識は,つまるところ米国の政策ベクトル自体の「分断」が長期に累積し,米国民の政治ダイナミズムを封じてしまい,機動的な選択がなし得ないボトルネック状況,を意味するものではないだろうか?
そして「民主」vs. 「共和」の党派的抗争は,次第に非妥協化かつ激化(90年代以降では,「米国との契約」を掲げ,クリントン政権を厳しく追求した94年共和党ギングリッチ革命,2000年ブッシュ(子)vs. ゴアに見られる僅差な大統領選結果を巡る相克,リーマンショック時でのブッシュ(子)政権による危機対策立法採択の是非等)しており,再生を負託されたオバマ政権でも,各種法案や政策面で対立は一段と悪化し,多くの州・司法を巻き込む形(州が連邦を訴追する)で拡大することとなった。政局はますます柔軟性を喪いつつある。
こうした中,政策(方向性/優先順位)の硬直化が誘発され,国民(州民)の多くが解決/改善を切望する事案がなおざりにされる(例えば不法移民対策や薬物禍への対応,災害対策等)事態を招いている。結果,古くからの居住者/Tax-payer(特に中間層)は徐々に離反を示し,エスタブリッシュメント層(予備軍を含めて)に亀裂が入り,一部がカウンターエリート化して,選挙を通じて「不信認」を突きつけるという現象が生じ,注目を集めつつある。
近年は,経済のグローバル化に随って地盤沈下かつ下方解体されつつある「中間層」が,上記のSNS等を媒介にして意思決定を行い,政治的「岩盤化」傾向を示している,と見られている。なかでも各種メディアが強調する「ポピュリズム」,というよりむしろ「自国民(原居住者/Tax Payer)が最優先」を主眼に置く政治を求める「ナショナルポピュリズム」(米国の場合では「新アメリカニズム」=米国がグローバリズムよりも優先する),が急速に支持を集める政治潮流が,先進諸国で共通して支持を拡大しつつある現象といえよう。
Ⅱ 「政治的不公平(political unfairness)」が解消されない米国中間層
1.リーマンショックと,オバマ政権による危機管理(ミスマッチとインバランス)
1990年代以降,IT革命/画期的金融イノベーションを主導し,経済覇権を握った米国であるが,2000年代に入り大きく暗転した。即ちブッシュ(子)共和党政権で,内政面に「思いやりある保守主義」を掲げるも,実際にはエンロン事件や「サブプライムローン問題」等モラルハザードが続発し,「市場の暴走/バブル崩壊」により,ついに2008年リーマンショックで深刻な金融/経済危機に陥った(21世紀米国危機の「原点」)。
その結果米国民はオバマ政権を選び,困難を克服する起死回生的な「危機管理/再生政権」として「負託」を行った。しかしオバマ政権は「危機」からの早期回復を焦慮するあまりに,①「金融による経済支配」に邁進した元凶(「金融グローバリズム」)に対して,中途半端な改革に留まり,②GM等の大企業救済で巨額な財政資金によるテコ入れを最優先したことで,中間層支援のための各種財政支援については,当初計画比大幅に縮小(連邦財政悪化&インフレを懸念したためとされる)せざるを得なかった。
結果として,(金融/経済危機波及によって大きな経済ダメージを受け,しかも(再生策を賄うための)増税による負担を強いられた中間層の家計回復・再生へのテコ入れがかなり力不足になってしまった(株式市場等の回復に比べて,実体経済(雇用失業/,個人消費,住宅市場等は容易に回復しなかった)。しかもサブプライム危機によって,中間層が受けたダメージは,間接的・波及的=各州で住宅価格が急落した逆資産効果,経済の大幅悪化に伴う企業のリストラ(失業等)被害=ばかりではなかった。
ブッシュ(子)政権が標榜した「オーナーシップソサエティ」下で,ブーム・バブル化した住宅市場環境下では,初期金利面などで様々な「優遇の仕組み(incentive)」を持つサブプライムローンを敢えて借入れた(後で借り換える)中間層のプライムローン資格者はかなり多く,これらの人々は,ローンが返済できず,家を失う結果(直接的な被害者)となった。
2.ティーパーティ運動:(白人層が主体であったが,中間層の不満/不公平感を吸収して拡大)
2009年に発生しその後全米的に拡大して,2010年中間選挙で民主党を大きく敗北させ,オバマ政権に大ダメージを与えた政治運動が所謂「ティーパーティ運動」である。
活動者層(概ね白人),信条(保守/伝統主義),政党支持(反オバマで概ね共和党),支援者(共和党議員/支持者,ヘリテージ財団他)といった要素のみからは,全米規模で大きな「草の根」運動と化したエネルギーは理解しにくい。運動自体は,様々なイデオロギー的な色彩も存在するが,主張の根幹には,①米国財政支出急拡大に反対する「総論」はともかく,②大手金融機関・企業の優先的救済に異議を唱え,③かつ財源と予定された「増税」に反対(「ティーパーティー」を称する所以である)するという「異議申立て」があった。
この背景にはオバマ政権の「金融救済再生策」は,住宅ローン問題や住宅市場の大混乱で大きな痛手損失を被った中間層の救済に,資する所が多くない反面,連邦政府自体は今回リーマンショックへの緊急的施策/支援を大上段に掲げて「肥大化」し⇒多額の再生プログラム資金は,「大企業・金融機関への巨額の支援」が太宗であり,また果断なFRB「金融政策」も金融経済を再生するには不可欠であっても,国民層を直接支援する施策は乏しく,一方で再生プログラムの財源はTAXであり,その実質的な負担者は大きな被害を被った「中間層」,という「負担」と「受益」の不均衡/不公平への深刻な不満がみられよう。
3.オバマケアを巡る「信認」の揺らぎ
オバマ政権は,大恐慌に匹敵する危機「リーマンショック」からの米国再生で,3つのR(Relief, Recovery, Reform,大恐慌時代のルーズベルト大統領)に相当する政策を実施したが,所謂オバマケア(新医療保険プラン)導入で,低所得者層(民主党の支持基盤)への新たな福祉政策を最優先したため,国民の税負担における優先順位を巡って,中間層から強い反発を招いてしまった,といえよう。
2010年,(過去の歴代民主党政権が導入を試み挫折した)国民皆保険を目指す,画期的な「医療保険改革法(PPACA)」がオバマ政権により成立した。PPACAはその後紆余曲折を経て,メディケイドの拡大による無保険者の減少・貧困世帯への保険料補助(税額控除)等,新たな受益者(無保険者や低所得者)のメリットを生み出す一方で,多くの(事前に説明/明示が無い)副作用(保険提供義務化によって雇用削減・非正規雇用化等)や負担(既存の民間保険料が上昇,新たな実質的課税・負担)が生じたことで,共和党=連邦&共和党州が全面的に反対し,(立法・司法を巻き込んだ)深刻な対立/抗争の震源となった。
既に米国経済再生プログラムで財政赤字は大きく拡大している中で,「国民皆保険」という「長期構造課題」に取り組むダイナミズムは高く評価されても,危機管理がまだ一段落しないうちに,米国民が最優先で求める改革とは必ずしも見られなかった訳である。
いわば深刻な危機により生じたダメージから「救済」(Rescue),「回復」(Recover)がまだ不十分な段階で,性急に国論を割るような「改革」(Reform)に走ってしまった。
米国はこの時期から,歯車は分断が深刻化すべく逆回転し始めていた,といってよい。
関連記事
平田 潤
-
[No.3841 2025.05.26 ]
-
[No.3627 2024.11.18 ]
-
[No.3573 2024.09.23 ]
最新のコラム
-
New! [No.3945 2025.08.11 ]
-
New! [No.3944 2025.08.11 ]
-
New! [No.3943 2025.08.11 ]
-
New! [No.3942 2025.08.11 ]
-
New! [No.3941 2025.08.11 ]
世界経済評論IMPACT 記事検索
おすすめの本〈 広告 〉
-
百貨店における取引慣行の実態分析:戦前期の返品制と委託型出店契約 本体価格:3,400円+税 2025年3月
文眞堂 -
日本企業論【第2版】:企業社会の経営学 本体価格:2,700円+税 2025年3月
文眞堂 -
18歳からの年金リテラシー入門 本体価格:2,400円+税 2025年4月
文眞堂 -
企業価値を高めるコーポレートガバナンス改革:CEOサクセッション入門 本体価格:2,200円+税 2025年5月
文眞堂 -
文化×地域×デザインが社会を元気にする 本体価格:2,500円+税 2025年3月
文眞堂 -
大転換時代の日韓関係 本体価格:3,500円+税 2025年5月
文眞堂 -
中国の政治体制と経済発展の限界:習近平政権の課題 本体価格:3,200円+税 2025年5月
文眞堂 -
ビジネスとは何だろうか【改訂版】 本体価格:2,500円+税 2025年3月
文眞堂 -
日本経営学会東北部会発 企業家活動と高付加価値:地域中小企業を中心に 本体価格:2,600円+税 2025年6月
文眞堂