世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国の「分極化」とデジタル・キャピタリズム
(桜美林大学 名誉教授)
2025.11.24
米国の「4つの分極」
90年代以降,ICT革命を主導し世界経済を牽引して一極的繁栄を達成すると同時に,「市場(原理)主義」といったグローバリズムを展開していた米国であるが,今日では自国内における「分断(division)」「分極(polarization)」が亢進し深刻な状況が続いている,と懸念されて久しい。
実はこの「分断」とは2つではなく,4つ(four Americas)であるというのは,著名な米国のジャーナリスト,George Packer氏の優れた指摘・考察である(“Last Best Hope”,2021)。
パッカー氏によれば,現在の米国の姿は,既に共通な基盤(Common Ground)を喪失した,①Free(自由な)America,②Smart(スマートな)America,③Real(真の)America,④Just(公正な)Americaという,「交差することのない」4つのNarrative(物語)で描かれる。
ここでいう4つの「ナラティブ」とは,90年代以降格差が拡大し,コンセンサス形成が困難になっている米国の「社会(society)」「共同体(community)を象徴し,政治的にも鋭い対立が見られる。
それでは4つの「ナラティブ」は米国経済社会の中で,どのような基盤を持ち,立ち位置に在るのであろうか? 現在21世紀の,グロ―バルな経済社会を圧倒的にリードしつつある「デジタル・キャピタリズム “Digital Capitalism(DXC)”との関係性を軸に考えてみたい。
「デジタル・キャピタリズム(DXC)」の特質
90年代のIT革命にはじまり,現在に至る「Digital(DX)時代」及び「デジタル・キャピタリズム(DXC)」は,大雑把に捉えると,4段階の時代/位相(フェーズ)を経て,現在更なる進化を続けている。
Ⅰ ITの時代:
コンピュータ(特にPC)の画期的イノベーション(ドミナント化したOS等でプラットフォーム構築と,高度化したレイヤー構造のソフト産業構築)で,グローバルスタンダード化し,情報通信産業や関連ビジネスをITの土俵に乗せ,「生態圏」を構築。
Ⅱ インターネット(WEB/ICT)の時代:
検索サービスを皮切りに,大量かつグローバルな情報獲得の飛躍的効率化,ネット上で各種強力なプラットフォームを確立したビジネスモデルの繁栄,高度化した個人向けPCである「スマホ」を中心媒体とし,双方向・ネットによるコミュニケーション(SNS等)の隆盛,ニューメディア(SNS, YouTube,ネット配信)の拡大。
Ⅲ IOTの時代:
製造業/非製造業共全てをICT化,ICTと接続させるDX(デジタル化)の時代。自動運転システム/ドローン等交通・輸送(Mobility as a service)や全エレクトロニクス製品とICTのリンケージと統御,FinTech(金融ビジネスのDX化),スマートハウス,スマートシティ,デジタル政府構想など。
Ⅳ AI(再生AI)の時代:
多くの産業が,進化しつつあるAI(再生AI)を装備し,ビッグデータ累積を活用して,ビジネスの飛躍的な高度化を志向する。AIを中核とした産業・投資戦略が現在,米国(企業主導・政府支援)/中国(国家主導)を先頭として,AI技術,半導体,データセンター,エネルギー(電力),ロボティクスなどの分野で,熾烈に展開されている。
DXC時代の「豊かさ」
DXCのキーワードとはデジタル(技術)と不断のイノベーションであり,マネー(Capital)はスタートアップ(企業),研究開発,デジタル(&AI)投資を軸に,巨額の資金がグローバルに展開する。現在DXCは経済社会の主要分野において,開発/企画/生産過程から,マーケティング,物流/輸送,販売,最終消費局面に至るまで,デジタル化とビッグデータの集積を浸透させ,AI(生成AI)や,ナノ・エンジニアリング,(SNSを末端とした)ネットワーキングを駆使し,様々なイノベーションの成果及びコンテンツを生み出し発展/高度化しており,まさに21世紀資本主義の新たな姿・段階と評価されよう。
こうしたDXCによって世界経済は大きな変貌を遂げている。各国経済主体の中で,企業は勿論の事,特に「家計部門(消費者)」はグローバルな規模で,DXCの主要かつ重要な受益者となっている。今や消費者は,グローバルな規模のプラットフォームを基盤とした各種ネットやクラウド(更に最近は生成AI)を縦横に活用し,スマホ/PC等端末から膨大な情報を,最小の手間とコスト(無料/低価格)で入手(サイトアクセスや各種検索サービス,膨大な多種多様のアプリ獲得,SNSやネット情報)し,活用することができ,直接的な便益の増大及び幅広いネットワーク経済効果(利便性向上,コストの低下等)を享受することができるようになった。
DXC時代の「WINNER」
DXC成長のカギ&エンジンは,様々な領域で新たに創りだされグローバルに支持され高い「付加価値」を生みだす「成果」「コンテンツ」であり,基盤としての「イノベーション」でありその「担い手」といえよう。そしてこの担い手こそがDXC時代のWinnerに該当する(グローバルな規模で消費者は「受益者」ではあるが,Winnerではない)。
ここでWinnerとなり得るのは,①イノベーションの直接的な担い手(最先端の科学技術者/研究者/起業家等)②DX(ICT)&リーディング産業(企業)のコア部分に携わっている経営者・基幹的ハード/ソフトの担い手(経営top層,主要な開発技術者やデータサイエンティスト他),③才能や人気を持ち,創造的なクリエーター(特にエンターテインメントやゲーム,SNSの世界等)や優れたデザイナー,各種スポーツからアート,メディア,エンタメ業界における(超)スタープレーヤー,④,①~③の創出/経営に向け,巨額なマネーを投入する投資家,等である。
これらの人々を輩出し涵養する「プール」は,米国では前述の2つのナラティブ(Freeと Smart)にとくに集中し,近年は国連SDGs/地球環境といった分野を追求するJust=JUSTICE(公正)のナラティブにも及んできている,といえよう。Justは,米国では多様性(ダイバーシティ)促進,マイノリティの権利拡大,SDGs推進,地球環境保護(地球温暖化阻止)等のPolitical Justiceを主張し,社会に実現を求める諸運動の形を取ってきている。
その支持者は自らアイデンティティ・ポリティクスを推し進めると共に,DEI(Diversity, Equity, Inclusion多様性/衡平性/包摂性)を社会(企業・政府)に求めるに至った。
実はDXCのスタンスから見ると,こうしたDEIを積極的に認めることこそ,世界中から優れた人材を米国という「場」(大学/研究所/諸機関,スタートアップ企業から,ハリウッド等のエンターテイメント&スポーツ・ショービジネスの世界まで)に吸引する「必要条件」になりつつある。また現下のグローバル経済では,優れてイノベーティブな企業ほど,DEI指数(ヒューマン・ライツ・キャンペーン財団制定)が高く(公正度が高い),また高付加価値を生み出すと積極的に「評価」されるわけである。
DXCにおける「付加価値」と「格差」
一方こうしたDXCにおける「付加価値」は,例えばネットに登場しプラットフォーム上で激しく競争し,製品やサービスが取捨選択される膨大な企業群の,「被雇用者群(正規/非正規労働者)」が「直接的に」作り出しているものではない。従って各企業はその利潤や生産性向上による「果実」について,(投資家=株主への還元はまず優先されるが,)一般従業員に対して,「労働分配率」を生産性に比例して引き上げていくインセンティブ・必要性には乏しい。
DXCの下では企業の(労働)生産性が着実に高まっても,被雇用者(=消費者でもあるが)の労働所得上昇はそれほど伴わないし,ICTやAIによる事務/専門職のリストラ進行,上記のWinnerへの報酬集中等が相まって,結果として格差(所得/資産)はさらに拡大していく。
3つの「ナラティブ」とバブル
上記3つの「ナラティブ」(Free, Smart, Just)は,それぞれの「価値観」「存立基盤」の普遍性を強力に主張し,さらに包摂性(inclusion)を追求していくなかで,過剰(バブル)化に結びつき易い,というリスクを抱えているように思われる。
FREE(自由な)アメリカは,デジタル・キャピタリズムの初期展開期,「金融グローバリズム」として「市場(原理)主義」を主導した。ここで住宅投資ブーム→サブプライムローン/証券化に至るバブル膨張の立役者となった「クオンツ(Quants)」が登場する。「クオンツ」と呼ばれる金融工学エリートは,正に「Smart」の住人であろうが,金融工学を縦横に駆使しデリバティブや証券化に邁進した一方,金融リスク,翻ってはユーザーや市場に対する責任という「モラルハザード」が深刻に欠如していた。しかもその結果生み出された金融商品(各種サブプライムローンやその証券化等=当時画期的イノベーションとされた)は,イノベーションというよりは,「製造物責任」を問われかねないリスクを本来的に抱えていた。
「市場(原理)主義」の実態は,投資バブルの現場を支配していたのが決して「見えざる手」を持った「市場」ではなく,Winner takes allの金融グローバリズムであって,結局「自由」とは「“勝者の自由”を意味するに過ぎない」ものであったことを露呈した。そして,リーマンショックによる深刻な被害と,回復再生への厳しい道程におけるコスト&時間の負担は,主にReal(真の)アメリカが負わされる結果となった,といえよう。
また今日では様々な分野のPolitical Justiceの追求は,SDGsを背景にLGBTQ+の権利拡大から,気候変動(CO2削減)に及んでいる。これらは,「SMART(スマートな)アメリカ」の住人(全米主要な大学人/研究者,成功したスタートアップ企業やメジャーなDX企業,その他各界の所謂セレブ)の支持をとりつけてきているが,米国現実社会にPolitical Justiceを無制限に適用しようとする動きが様々な「ポリティカル・コレクトネス・バブル(行き過ぎたキャンセルカルチャー,無制限の言葉狩りや逆差別,画一性による創造や表現への桎梏,歴史的事実の否定,部分的Justiceの貫徹がかえって合成の誤謬を招くリスク等)を生み出す段階に至っており,弊害や軋轢が倍加していることは否定できない。
注目すべき点は,こうした3つの世界(ナラティブ)に発生した「バブル(とその崩壊)」のつけは,これまで主に「リアル」アメリカに負わされてきているのであって,90年代以降の米国の「構造問題」である「分断」を深刻化させている,ということであろう。
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