世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2057
世界経済評論IMPACT No.2057

バイデン政権の通商政策:懸案問題の展望

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2021.02.22

まず国内問題の解決に集中

 バイデン大統領は就任1ヵ月間で約40件の大統領令,大統領覚書および大統領布告を出し,世界保健機関(WHO)からの離脱中止,パリ協定復帰,米墨国境の壁建設中止など,トランプ前政権からの政策転換を進めた。しかし,通商関係で前政権の決定を撤回したのはアラブ首長国連邦(UAE)からのアルミ輸入政策(後述)だけである。

 だからと言って,通商政策はすべて前政権から引き継ぐというわけではない。バイデン大統領は前政権の米国第一主義,二国間主義を捨て,多国間主義に回帰して,米国のリーダーシップの再確立,同盟関係の修復に注力していくと表明している。対中政策では,米国の繁栄,安全保障,民主主義的価値に対する挑戦には直接対決し,知的財産の窃取,補助金政策など中国の濫用的な経済行動および人権問題には同盟国およびパートナー国と連携して対処する。また,医療,気候変動,核不拡散などでは中国と協調して取り組む方針を明らかにしている。2月4日の国務省で行った初の外交演説,10日の習首席との電話会談ではそうした方針が繰り返し強調されている。

 個別の貿易問題で政策転換を急がないのは,新型コロナ・パンデミックの鎮圧と国内経済の復活を優先しているからでもある。また,前政権の保護主義政策を急激に転換するリスクも予想されるからであろう。関税賦課の停止はその開始よりも大きな困難を伴うから,通商政策全体を総合的に検討してからでないと新政策を実行に移すのは難しい。サキ大統領報道官が「バイデン政権は前政権の貿易政策全般を見直し中」と言うのは,そうした背景があるからであろう。以下に,バイデン政権が抱える個別の通商課題について,今後の行方を展望してみよう。

懸案の個別通商問題と展望

 バイデン政権最大の通商問題は「最も重要な競争相手」である中国との関係である。2018年から始まった301条による対中制裁関税は,現在では約2,500億ドル相当(リスト1~3)に対する25%と約1,110億ドル相当(リスト4A)に対する7.5%の追加関税が課されているが,新閣僚の発言などから見ても,これは当面撤廃されることはないであろう。中国による米国の知財窃取を止めさせるために米国が取ったこの一連の制裁関税措置はWTOのパネルで米国の敗訴となり,米国は上級委員会に上訴したが,上級委員会は委員定数の不足で休止状態である。上級委員会の機能復活問題はWTOの組織改革の一環として,オコンジョイウェアラWTO新事務局長の下で進められ,バイデン大統領が構想する同盟国・パートナー国と連携して中国の不公正慣行を正す具体策も,それと並行して形成されていくものと思われる。

 一方,トランプ前大統領が歴史的協定と称賛した「米中第1段階合意」は,物品だけに限定すると2020年目標の僅か59%しか達成されていない(注1)。合意は2021年についても数値目標を設定しているため,合意を反古することはせずに,バイデン政権は合意目標の達成を中国に厳しく求めていくものと思われる。しかし,バイデン大統領は前大統領が求めた第2段階合意のための交渉には進まず,同盟国等との連携による中国問題の解決に重点を移していくものと思われる。

 トランプ政権が1982年以来36年ぶりに発動した1964年通商拡大法232条(国防条項)は,国内産業に対する損害認定も不要で,その運用は恣意的かつ不透明である。自動車・同部品は,輸入制限措置は取られなかったが,貿易協定交渉で相手国から譲歩を引き出す手段に使われた。また,最初に発動された鉄鋼に25%,アルミに10%の追加関税は日本や英国など同盟国にも課されている。バイデン大統領は,この同盟国に対する課税措置を新政権の発足とともに廃止するのではないかと期待したが,そうはならなかった。

 トランプ前大統領は退任前日の1月19日,大統領布告によってUAE産アルミに賦課した10%の追加関税を2月3日から数量割当に変更すると発表したが,バイデン大統領は2月1日付の大統領布告でこれを撤回し,関税賦課に戻した。前大統領の布告は,イスラエルと国交を正常化したUAEに恩賞を与えることにあったことは明らかだが,バイデン大統領は前政権の決定を撤回した理由として,追加関税の賦課はUAEからの輸入の減少,米国内生産増に効果を挙げており,数量割当は効果が不透明だとしている。米産業界はバイデン大統領の決定を称賛している。

 現在調査中の232条案件である戦略物資バナジウムは,同条の規定した日程によると2月22日に大統領に報告書が提出され,大統領が措置を決定するのはその3ヵ月後,措置の実施は6月7日となる。バイデン大統領の決定が注目されるが,バイデン政権内には,環境政策の一環として232条を使って特定国の二酸化炭素排出量を規制する案を主張する高官もいる(注2)。232条援用の当否は別にしても,前政権のような232条の濫用はないものと考えたい。

 最後にTPA(貿易促進権限)問題を挙げておこう。米国の場合,外国と締結した貿易協定を批准する際,議会が協定を修正し,政府が交渉をやり直す事態を避けるために,大統領は議会から貿易交渉権限の委譲を受ける必要がある。TPAはそのための法制だが,現在のTPAは今年6月末で6年間の有効期間が終わる。本来であれば同法が失効する前に新法が制定されることが望ましいが,TPA法の審議は党派の利害が絡み短期間では終わらない。国内問題を優先するバイデン政権が新法を6月末までに制定することはほぼ不可能であり,TPAは6月末で一旦失効するものと予想される。近年では,クリントン政権とオバマ政権で長期間(1994年4月~2002年8月,2007年7月~2015年6月)失効が続いた。

 トランプ前政権は議会に,英国との貿易協定交渉の開始を2018年10月に,ケニアとの交渉開始を2020年3月にそれぞれ通告している。TPAが失効していても貿易交渉は継続できるが,交渉終結前にはTPAの制定が必須である。この他にEUとの交渉,さらには復帰が決まればTPP加盟国との交渉なども予想されだけに,早い段階でのTPAの制定が望まれる。

[注]
  • (1)Chad P. Bown, PIIE, Anatomy of a flop: Why Trump’s US-China phase one trade deal fell short, February 8, 2021.第1段階合意は本誌2020.02.03付No.1619 参照。
  • (2)Paul Wiseman, AP, Biden treads carefully around Trump’s combative trade policy, February 10, 2021.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2057.html)

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