世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1974
世界経済評論IMPACT No.1974

それはイノベーションではありません

鶴岡秀志

(信州大学先鋭材料研究所 特任教授)

2020.12.14

 よく売れている文庫本のタイトルを真似してみた。新型コロナ災厄からの経済復活に向けて世は「イノベーションで〇〇」が花盛りである。デジタル化,DX,SDGsと,まるで流行語大賞であるがその実態は心許ない。盛んに「実例」報告するものの,ほとんど「So What?」という感想しか思い浮かばない。タレントを使ってSDGsを盛り上げようとしている日経のTV番組も大学のサークル活動報告みたいで中身が薄い。経済専門誌として一ヶ月間週三回・4週ぶっ続けでレジ袋だけ取り上げて掘り下げてみてはいかがか。樹脂利用が追求されてきた経緯を視聴者と共有して真のSDGsへ向けた実現課題に迫れると思う。天下のNHKが,「水面(みなも)」とすべきところを「水面(すいめん)」と読む時代になり,昭和の遺物の戯言と避難されるだろうがTV製作者の教養低下を嘆かざるを得ない。この様な状況に,技術者の端くれである筆者でもイノベーションという言葉の使い方に戸惑い,迷いが生じてしまう。

 大流行のDXは手段なのでイノベーションではない。「DXを活用してイノベーション」と唱えたところで,ネット依存のビジネスモデルのデジタル化は出尽くしているので,社会的にインパクトのある大きなテーマは役所の昭和的仕事をデジタル近代化することぐらいだろう。たった数年前の猫も杓子もサブスクで失敗の経験を冷徹に考察すべきである。ワンフレーズでのビジネス振興は,人々が「鬼畜米英」「贅沢は敵だ」という言葉に酔ってしまいナパーム弾を落としてくるB29対策に竹槍訓練と防火演習を本気で進めていた戦中に似ている。

 デジタル活用の成功例として取り上げられる中国製ドローンを考えてみよう。始めはおもちゃで飛行不安定であったDJIドローンは,素早く改良していくことで軍用にも使えるものに進化していった。制御ソフトウエアの進化ばかりが取り上げられるが,構成するパーツもかなり進化している。初期製品のモーターは単純な模型用であったが,微妙な姿勢制御を可能にするためにデジタル制御可能なものに置き換えられている。また,機体も4K撮影を満たすために軽量化と剛性の改善が進められている。パソコン用ソフトと異なり,動くものはソフトの改善だけでは進化しないことを示す良い例と言えるだろう。

 このドローンの進化系として,有人ドローン(電動マルチコプター)の開発が世界各国で進められ,我国でもトヨタ自動車の参加するグループなど活発な動きを見せている。人が搭乗する場合は単に荷物の運搬とは異なり,搭乗者を防護する部分など人を守るために重量増加を余儀なくされるので高性能の電池とモーターの開発が必須である。実は航空機黎明から小型ヘリと軽飛行機の融合体みたいなオートジャイロというものがあった。また,浮揚高さは低いもののホバークラフトの原理はドローンと同じである。即ち,アイデアそのものはかなり古く,最新の技術でブラッシュアップを行っているに過ぎない。そのため,有人ドローンはイノベーションではなく個々の部品の進化がもたらす改良機械装置である。革新的な小型飛行体は「反重力装置」の発明を待たなければならない。

 もう少しで既存ビジネスモデルをイノベーションできそうな分野は映像用アバターである。最新ゲーム機の画像処理はとても良くできていて,実写と区別できなくなるまでもう一息である。このアバター(CG)技術のおかげで,スターウオーズ・エピソード9では亡くなったキャリー・フィシャーが堂々と「出演」している。このCG技術と日本のアニメ技術を駆使すれば,定型化しているTVニュースやバラエティー,CMなどはアバターで事足りるのも間近である。それこそAIで全自動放送も視野に入ってきていて,出演者不要,大きな放送局舎も必要なくなるだろう。既に,CMは現地ロケ撮影ではなく合成画像で作る時代になっている。討論番組は,今年急激に広まったネット通信と,画像合成,自動音声を使ってアバターMCが進行を進めるだろう。SF映画で予想されたように,AIで自動的ストリーミング放送に変わる。テレビ局というビジネス自体が消失することでプロパガンダみたいな番組がなくなるし,既に時代にそぐわないNHK放送受信料も払わなくて済む。TVがなくなると電波枠が生まれるのでWEBがより充実する。デジタル化とイノベーションを声高にプッシュするNHKが5年後のあり姿として自ら率先して体現してみてはいかがか。

 学者,専門家は得意分野以外のことを知らない方が多い。そのため,論理的には各々正論でも世間一般の人々にとって「正しい」とは限らない。典型例は災厄であるCOVID-19新型コロナである。2月以来のコロナ禍の議論で,メディアに登場する専門家の意見はどれも正しいのだろうが,しかし突き合わせると矛盾していることが多々ある。それを変なコメンテーターがかき混ぜているのでますます混乱を招く。今回のコロナ禍は現世の人々にとって初めてのパンデミックであり,過去の経験からの予想をリアルタイムで実証している状況なので科学的には手探り状態である。スパコン・シミュレーションは,あくまで仮想的であり実世界との整合性検証を行って初めて正しい,正しくないが判ることである。この「作法」をすっ飛ばして,イノベーション成果としていかにも正しいように報道することは非科学的である。野党や識者が朝令暮改の施策変更を非難する「様式」は,全ての答えが存在しているという前提に立ったタメにする議論なので無駄で非生産的である。

 「はやぶさ2」が6年の時を隔ててミッションを成功させた。初号機の経験の上に積み上げられた,ハードとソフトの融合したイノベーションである。この成功を垣間見ると,デジタル革命のようなソフトだけのイノベーションは終焉の時を迎えている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1974.html)

関連記事

鶴岡秀志

科学技術

教育・学び

日本

最新のコラム