世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1971
世界経済評論IMPACT No.1971

ワクチン分配の多国間協力および二国間協力 - 試論

藤村 学

(青山学院大学経済学部 教授)

2020.12.07

 前回拙稿(9月7日掲載)では,日本はワクチンの多国間協力枠組みである「COVAXファシリティ」へ積極的に貢献すべきだと論じた。低所得途上国の感染拡大から折り返しの波に巻き込まれれば,経済回復が長期にわたって阻害される可能性があるからだ。幸い,菅首相は先月開かれたオンラインのG20会議において同ファシリティを使ってワクチンが途上国にも公平に普及するよう提起した。米国ではバイデン氏の次期大統領就任がほぼ確実となり,安全保障や気候変動の分野だけでなく,公衆衛生分野においても米国が多国間枠組みに復帰することが期待される。

 北半球が冬に向かい感染が再び急拡大する中,米ファイザー社およびモデルナ社のメッセンジャーRNA型ワクチンと,英アストラゼネカ社のウィルスベクター型ワクチンが最終治験において高い有効性を示し,12月中に米英で医療従事者などへ優先接種が開始できる見込みとなった。この3社から計1億4500万人分の供給を受ける合意を得ている日本にとっては明るいニュースだが,財政力のない低所得国は取り残されるリスクが残る。

 一般に公共財としてのワクチンは製薬企業が独力で利益を上げにくい事業であり,公的機関の介入が必要とされる。187ヵ国(11月22日現在)が参加するCOVAXファシリティは買取補助金事前保証制度(advance market commitment)の考え方に基づいており,ドナー国や非営利団体から募った資金により製薬企業に開発インセンティブを与え,生産が拡大するにつれ規模の経済が働き,製造コスト・価格が下がっていくことを狙う。同ファシリティは,2021年末までに20億回分のワクチンへのアクセスを保証するものであり,2段階に分けてワクチン配布を行う。第1段階ではドナー国・受益国ともに人口の3%にあたる医療・公的介護従事者と20%にあたる重症化しやすい高齢者や持病を持つ人々への配布を優先し,第2段階においては各国のニーズや医療脆弱性を総合評価して優先順位付けを行うことになっている。

 有望なワクチンが開発されたあとの課題は分配と実際の接種に移る。ワクチンの大量生産・保存・物流インフラや接種スタッフの配備など,グローバルレベルで接種体制が整うまでには少なくとも来年一杯はかかるのではいか。

 現状では,感染拡大が先進諸国と新興諸国に偏っており,それぞれ自国の感染収束に躍起となっている。米国とロシアは国内配布を優先せざるを得ない状況だ。中国はCOVAXに参加表明した一方で,最終治験を経ないまま不活化ワクチンを中国国内で前倒しに承認し,一帯一路沿線国を中心に独自のワクチン外交を展開している。

 以下,COVAXにおける多国間協力と,日本独自の二国間協力について,拙ゼミ生による考察結果を,粗削りながらひとつの試論として紹介させていただきたい。

 まず,COVAXファシリティの第2段階のワクチン供給について,公表文書からはその優先基準が不明確であるため,その基準を以下の手順で考えてみた。①医療インフラの脆弱性を反映する指標として,グローバル疾病負担[burden of disease]の測定に関わる専門家集団が2018年6月に医学誌Lancetに掲載した“healthcare access and quality index”を使う。②新型コロナによる人命損失負担を反映する指標として陽性者致死率と死亡者数(ジョンズ・ホプキンス大学まとめ)を使う。③ワクチン購入余力を反映する指標として1人当たり国民所得(世銀データ)を使う。これらの指標を,それぞれの中央値を基準に序数化し,総合スコアに足し上げる。その結果,ワクチン分配を最優先すべき国として,総合スコアの昇順にアフガニスタン,スーダン,コンゴ民主共和国,ニジェール,チャド,ハイチ,マラウィ,リベリア,ザンビア,シエラレオネ,セネガル,レソト,ミャンマー,インドネシア,マリ…といった順番になった。これらはほぼすべてが後発途上国である。感染拡大がまだ本格化していない国も多いが,医療インフラが脆弱な環境で一定程度広がると,医療崩壊があっという間に起こり,感染が爆発し,そこから先進国へ新たな感染の波が戻ってくる可能性がある。とくに低所得国が集積するアフリカ地域はCOVAXの枠組みでワクチン分配を支援することが必須と思われる。COVAX運用上の資金不足や輸送制約などの課題は別として,分配基準についてはこの試論のように,いずれ透明な基準を議論し,参加国間で合意する必要があろう。

 次に,日本としては越境経済活動を再開させるために,多国間協力に加え,二国間でのワクチン外交も展開すべきだろう。例えば,上述の計算から得られた総合スコアの下位約40ヵ国から,日本との往復貿易額と進出日本企業数という2変数を基準とした場合,インドネシア,インド,メキシコの3カ国が二国間協力の最有力候補として浮かび上がった。

 インドネシアとメキシコは中国のワクチン治験に協力しているが,米英製のより安全性・有効性の高いワクチンを融通することは戦略的に有効ではないか。インドでは現在国内で6社が独自にワクチン開発を進めているとされる。インドのこうした努力に対して日本は資金援助を行うほか,開発が頓挫した場合のバックストップとして輸入ワクチンの融通をオファーすることが考えられよう。以上はあくまで1例だが,二国間の経済交流の密度と将来性を考慮したワクチン外交は,逆境をチャンスに変える機会でもあろう。

 日本は2009年の新型インフルエンザ流行の際,海外からワクチンを緊急輸入したが,流行が想定したほど広がらなかったため,数千万回分のワクチンが廃棄された,という教訓がある。当面国内の感染収束が優先なのは当然だが,来年半ばあたりまでにワクチン接種が本格化して収束の見通しがつくとすれば,対外ワクチン協力の戦略を練っておくべきだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1971.html)

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