世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3862
世界経済評論IMPACT No.3862

「外国歳入庁」をどう解釈するか

藤村 学

(青山学院大学経済学部 教授)

2025.06.09

 米ホワイトハウスは4月3日,「米国第一の通商政策に関する大統領への報告書(Report to the President on the America First Trade Policy)」の要約をネット公開した(全文は非公開)。トランプ大統領は就任日の1月20日,財務省,商務省および米国通商代表部(USTR)に対して,貿易赤字の原因や対策など広範なイシューについて調査し4月1日までに報告するよう指示していた。その答申にあたるものだ。

 同報告書は24章から成るが,第1章「巨額の構造的な貿易赤字の経済面および安保面における含意」に続く第2章が「外国歳入庁(External Revenue Service:ERS)」というタイトルで,以下のように主張しており,トランプ2.0の経済外交の異常さを象徴している。

 「商務省,財務省および国土安全保障省の協力によりERSを設立することで,関税徴収を改善する機会が得られる。関税は歴史的に,連邦収入の徴収において中心的な役割を果たしてきた。米国が不正で不公正な貿易慣行を抑止しながら歳入回復を最大化する方法の1つは,ERSという形で歳入を最適化する中央集権制度を確立することである…」(生成AI訳を筆者修正)。

 「外国」歳入庁という語彙がそもそも詐称だろう。主権が及ばない外国企業や外国人からどうやって税金を徴収するのか,という素朴な疑問がまず浮かぶ。物理的に米国領土に足を踏み入れる外国企業や外国人に課税するのだとすれば,進出外資企業や観光客に米国民と差別する形で課税することが考えられるが,これは重商主義を丸出しにしているトランプ政権の意図とは真逆の効果を生むことは明らかなので,さすがにこれは考えていないだろう。

 だとすれば,関税負担を外国企業・外国人に負わせるという発想が考えられる。つまり,輸入量をなるべく減少させず,関税を輸出企業側に「担税」させ,米国の輸入業者に「納税」させるという発想なのかもしれない。

 しかし,関税上昇分を輸出企業側が100%担税するシナリオは,当該品目について米国が買い手独占(つまり供給の価格弾力性がゼロ)でなければあり得ない。帝国主義時代の宗主国と植民地の関係でなければ,これは不可能だろう。外国の対米輸出企業は理不尽なトランプ関税に対し,対米輸出依存度を減らしていくのが合理的な反応なので,供給の価格弾力性がたとえ現在低かったとしても,輸出先多角化により,いずれ対米供給弾力性は高くなり対米輸出量が減る。輸入業者はビジネス維持のために輸出企業側の交渉力に応じて関税の国内価格への転嫁率を上げざるを得なく,米国消費者の関税負担は高まる。実際,トランプ1.0下の対中関税措置の負担の多くを米国の輸入業者や消費者が負ったという実証研究結果もあるようだ。しかし,ここ数カ月,筆者がインターネットで現地報道を視聴する限りでは,トランプ政権の経済顧問たちは関税転嫁についてお茶を濁す一方で,関税収入が国民全般に裨益するといった詐欺的な言説を弄している印象だ。

 トランプ氏は選挙演説などで頻繁に,「関税」という単語は「神」や「愛」を除いて世界で最も美しい単語だと発言してきた。彼の頭の中では,18世末から20世紀初頭にかけて,関税が米国政府歳入の中心だった時代に戻り,所得税を廃止することが理想なのかもしれない。ビジネス取引の天才(リベラル派メディアはビジネスでも失敗者と評している)にとって,累進課税・所得再分配を通じた国家統治という観念は唾棄すべきものなのかもしれない。

 さて,グローバルサウス諸国のリーダーたちからも冷笑されそうな発想の「外国歳入庁」をトランプ政権が追求する正当性はどこにあるのか。トランプ氏自身にとっては,ラストベルトの激戦州の票田に対する政治的アピールが短期的動機だとしても,彼の周囲を固める経済顧問が,構造的な「双子の赤字」がもはや維持不可能で,(財政赤字を棚に上げたうえで)経常収支をバランスさせることが米国の国益にかなうと真面目に考えている可能性もある。そこにはどんな理屈が考えられるだろうか。

 国際貿易論の枠組みでは,輸入大国にとっての「最適関税理論」がある。上述の供給弾力性の論点に戻るが,米国が買い手独占の度合いが高い品目については国内価格への転嫁を避けながら関税収入を増やす余地が理論的にはあり得る。しかし,これは貿易相手国からみれば「近隣窮乏化政策」と映るので,中国やEUといった経済大国・地域が報復関税措置をとることを予想しないとすれば愚かだろう。核兵器競争における「相互確証破壊(MAD)」と同じで,チキンゲームをエスカレートさせるだけである。すでに隣国カナダだけでも単独でチキンゲームに真っ向から挑んでいる。大国によるいじめっ子的な関税政策は世界中からひんしゅくを買い,中長期的に米国経済の自滅につながる可能性が高いと思われる。

 関税障壁を高くすることで製造業のリショアリングを狙っているとしても,貿易自由化を前提として進展した越境サプライチェーンを再編成するのは簡単ではない。労働集約産業にとっては,米国に戻ることは競争力放棄の自殺行為なので考えられないし,資本集約・知識集約産業にとってはサプライチェーンが複雑化していてリショアリングには時間がかかるだろう。そして何よりも,高関税による自国産業保護政策は国内企業のゾンビ化,レント・シーキング活動増殖による腐敗の蔓延と経済非効率化の悪影響が大きいだろう。多くの新興国が学習してきた苦い経験を,先祖返りの米国が改めて味わうという皮肉につながることが想像される。

 このような懸念材料を踏まえたうえで「外国歳入庁」を正当化しようとする発想の背景には,米国がドル基軸・準備・決済通貨という貨幣経済面での覇権的地位を利用しつつ,経常収支バランスを目指すという,「いいとこ取り」の戦略(賭け?)があるのかもしれない。

 トランプ政権の大統領経済顧問委員会(CEA)委員長Stephen Miran氏による2024年11月公表のレポート“A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System”は政策提言文書ではないとしながらも,4月2日の「米国解放日」に発表された相互関税の計算式や,外国歳入庁につながるアイデアがふんだんに盛り込まれている印象だ。同レポートは理論と実証が入り組み,筆者は正確に査読するキャパシティを持ち合わせないが,「トリフィンのジレンマ」を乗り越えていいとこ取りギャンブルを促している節がある。同レポートは結語を以下のように締めくくっている。

 「トランプ政権が世界の貿易および金融システムを米国の利益のために再構築できる道はあるが,それは狭く,慎重な計画,正確な実行,そして悪影響を最小限に抑えるための措置への注意が必要である」(生成AI訳)。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3862.html)

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