世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国大統領選挙:11月3日に何が起こるか?
(桜美林大学 名誉教授)
2020.11.02
共和党多数の上院は10月26日,バレット高裁判事の最高裁判事就任を承認し,異例にも同日夜,宣誓就任式が行われた。前任のギンズバーグ判事の死去から僅か6週間後,大統領選挙投票日の8日前である。大統領の政党が上院で多数を占めることの意味合いを,この事例は如実に示している。最高裁判事の任期は終身であり,その影響は任命した大統領が去った後も長く残る。バレット判事の就任はオバマケアの違憲審議などに影響するが,喫緊の問題は直前の大統領選挙への影響である。
郵便投票の集計が遅れる—感染第3波と空前の期日前投票増
米国の新型コロナウイルス感染は10月初旬から第3波に入った。10月26日の感染者は1日で7.4万人(1月からの累計は880万人),死者は538人(同22.7万人)と記録を更新している。こうした感染拡大と郵便配達の遅れで,投票を早めに済ませる人が増えている。全米の期日前投票は28日現在7,558万票(郵便による投票4,993万票,投票所での投票2,565万票)で,2016年大統領選挙の総投票数の半数を超える急増ぶりである。期日前投票者の支持政党別内訳は民主党47%,共和党30%,無党派23%で民主党支持者が圧倒的に多い(出所はU.S. Election Project,支持政党別内訳は全米20州の合計。郵便投票については本コラム9月14日付,No.1881「郵便投票に猛反対するトランプ大統領」参照)。
郵便投票は,州の選管に何日までに到着したものを集計の対象にするかが焦点となる。多くの州は郵便投票の受付締め切り時間を投票所と同じく3日午後8時としているが,ウィスコンシン州は締め切り日を延長した。州共和党はこれに反対して提訴していたが,連邦最高裁は26日,締め切り日の延長は選挙に混乱と不正をもたらすというカバノー判事の主張が通り,同州の締め切り延長は却下された。この判決は,同様に締め切り日を延長したペンシルバニア州,ノースカロライナ州など接戦州の決定を覆すことになり,有権者の投票権を守ろうとする民主党に大きな打撃を与える。
また,この最高裁判決は当然のことながら,有権者本人による投票所での投票を増やすことになり,投票日の3日には投票を待つ長蛇の列が午後8時を過ぎても続き,開票作業にも影響しよう。また,多くの州は,郵便投票は到着したものから開票しているが,接戦州であるミシガン,ペンシルバニア,ウィスコンシンを含む11州は投票日前の開票を認めていない。そのため,投票結果の発表はかなり遅れることも予想される。
トランプ大統領の挑戦—負けても負けを認めない
トランプ,バイデン両候補が選挙人の過半数270人を獲得できない場合は,憲法修正12条により下院が大統領の選出に関与する。しかし,1876年以降そうした事例はないし,今回も両候補とも過半数を獲得できないという事態はありえない。このため,懸念される最大の問題は,トランプ大統領がバイデン候補に敗れた場合のトランプ大統領の対応である。
僅差でトランプ大統領が負けた場合,トランプ大統領が潔く敗北を認めるとは考えられない。大統領討論会でも,選挙で負けた場合,勝者に平和的に政権を委譲する米国の伝統に従うとは明言していない。ペンス副大統領も同じ考えを示している。これら2人には,2000年の選挙でブッシュ・テキサス州知事に敗れ,連邦最高裁の判決を受け入れたゴア副大統領のような潔く,毅然とした政治家精神は見当たらない(ゴア副大統領の敗北については本誌9月21日付,No.1890「得票結果次第では大混乱も」参照)。
トランプ大統領が敗れたとき,一体どんな行動に出るのだろうか。まず僅差の敗北については集計のやり直しを州に請求するだろう。郵便投票についは,何らかの理由をつけて不正を申し立てる。求めても満足できる結果が得られなければ,連邦最高裁に訴える。上記のカバノー判事はトランプ大統領が任命した保守派判事3人のうちの一人だが,バレット判事が加われば,有利な判決がより確実になる。バレット判事は承認公聴会で「政権や政治から独立して職責を果たす」と証言したが,言葉通りに受け取るのはナイーブ過ぎよう。
あらゆる不利な結果に挑戦し,再選を実現するのがトランプ大統領の方針だが,大統領の任期の終了は1月20日の正午と規定されている(憲法修正20条1節)。このため,この期限を越えて在任することは不可能だが,ここまで決着が長引けば,トランプ大統領を熱狂的に支持するグループと反トランプ派との間で,物理的な対立が生じないとの保証はないように思われる。
トランプ大統領は再選を何よりも重視してきた。再選の標語を Keep America Great と決め,再選活動を始めたのは,何と2017年1月の大統領就任直後であり,2018年11月にはペンス副大統領とのコンビを決定している。なぜそれほど再選に熱中するのか。最大の目的は,落選して大統領から一般人に戻ったとき,さまざまな違法行為が裁かれ,課される処罰を免れることにあるとの見方も出始めている(注1)。
米国の方向を決める今回の大統領選挙
今回の大統領選挙は「トランプ対反トランプ」の戦いとも言われる。2020年は2016年と同じではないといわれながら,トランプ大統領は再び世論調査結果をひっくり返して再選されるのだろうか。米国の分断を煽り,2期目の政策も明確に語らず,オバマケア廃止と言いながら対案を示さず,失敗した新型コロナウイルス対策を改めないトランプ大統領に有権者はどういう判断を下すのか。そして,最初のアイオワ州予備選挙で4位,次のニューハンプシャー州予備選挙で5位に終わったバイデン候補が中道派の大統領候補としてどこまで支持を広げ,予備選挙のジンクスを破り,第46代大統領として米国をトランプ以前の軌道に戻せるか。11月3日の大統領選挙は,これからの米国の方向を決定する極めて重要な選択となることは間違いない。
[注]
- (1)Most Presidents who lose deal with shame. Trump could have to deal with prison. Huffpost, 10/20/2020.
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