世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国大統領選挙:得票結果次第では大混乱も
(桜美林大学 名誉教授)
2020.09.21
米国には「平和裏の権力委譲」という良き伝統がある。大統領選挙の結果が判明するのは投票日の深夜以降だが,敗れた大統領候補者は演説(concession speech)して潔く敗北を認め,勝者を称えて米国の統合と繁栄を祈る。これが選挙戦の最後を飾る慣例である。
2016年選挙でヒラリー・クリントンがドナルド・トランプに敗れて行った演説もそうだったが,20年前の大統領選挙では,投票結果が最高裁まで争われただけに,敗者となったゴアの演説に,この良き伝統を改めて強く感じたものである。クリントン政権のゴア副大統領とG. W. ブッシュ・テキサス州知事との間で争われた2000年の選挙は,フロリダ州の得票差が僅差であったことから両者の応酬となり,最後に連邦最高裁が5対4の評決でフロリダ州最高裁の再集計命令を停止させ,わずか537票の差でブッシュの勝利を確定した。ゴアは「最高裁の決定に強く反対するが,これを最終的なものとして受け入れる」との声明を出し,ブッシュ知事に祝意を述べ,「国民の統合と民主主義のために私は敗北を認める」と宣言した。
トランプ大統領は潔く敗北を認めるか
今年の選挙で,もしトランプ大統領がバイデン元副大統領に負けた場合,果たしてゴアのように潔く敗北を宣言するだろうか。その可能性は極めて低いとの見方が強くなっている。法や慣行を無視するトランプの言動がその要因だが,7月19日のFox News Sunday で述べた発言がその懸念を強めることになった。放送されたインタビューの関連部分は次のとおりである(注1)。
- クリス・ウォーレス(この番組のアンカー):米国には権力の平和的委譲という誇るべき伝統がありますが,あなたはこの原則を守る用意はないと述べているのですか?
- トランプ大統領:その時に答えると言っておこう。あなたに気をもませておく。それでよいか。
- ウォーレス:選挙結果を受け入れる,と直接答えられますか。
- トランプ:ただイエスとは言わない。ノーとも言わない。以前もそうだった。(I have to see. Look, you – I have to see. No, I’m not going to just say yes. I’m not going to say no, and I didn’t last time either.)
再選を求めて戦っている現職大統領に,「もし敗れたら,結果を受け入れますか」と聞くのは前例がない。敗れたら敗北を認めて勝者を祝福するのは当然だから,そんな質問をされたら,まともな大統領なら怒りだすだろう。しかし,そうではないのがトランプである。ウォーレスの質問にまともに答えないのは,選挙結果を拒否する可能性があるからである。いったいトランプ大統領はどうしようとしているのか。
アムハースト大学のローレンス・ダグラス法学教授は5月に出版した本(注2)で,次のように書いている。トランプの敗北はありえない。トランプが過半数の選挙人獲得に失敗したら,彼はその結果を拒否する。選挙人獲得で大敗したら,トランプは被害者ぶって闇の国家(Deep State)や不法移民に怒りを爆発させるだけでなく,退任を渋り,トランプ支持者と反対者の間で紛争が巻き起こる。秩序ある権限移譲など行えない。僅差でトランプが敗北したら,憲法を巡る対立や暴力の爆発で,トランプの大勝の場合よりも米国にとって大きな不幸となるだろう。
トランプ大統領は敗北しても居座る
ダグラス教授の本と似た内容の報告書が8月3日に発表された。ジョージタウン大学のローザ・ブルックス法学部教授が共同主宰する「支障なき政権移行プロジェクト」(Transition Integrity Project)の報告書である(注3)。このプロジェクトは昨年末に発足し,今年に入ってから民主・共和両党の元幹部,元州知事,法律家,ジャーナリスト,公務員など100名余がトランプ・チームとバイデン・チームに分かれて机上の選挙戦を展開し,何が起こるか検証した。
その結果を簡単に書くと,バイデンが一般投票数でも選挙人数でも圧勝し,地滑り的勝利となった場合は,相対的に秩序ある政権移行となる。しかし,他の3つのケースでは,トランプ支持者と非支持者の対立から暴動が起こり,政治的危機となる可能性があるとする。他のケースとは,①バイデンの曖昧な勝利,②トランプ勝利だが,2016年の選挙と同じくトランプは選挙人数で勝って,一般投票で敗れる,③2000年の選挙と同様にどちらが勝者かはっきりしない期間が長引く。このうち②と③のケースでは,1月20日の就任式まで大統領が決まらず,①のケースではトランプが退任を拒否し,シークレット・サービスに囲まれて強制的に退去させられる事態となるとする。なお,ローザ・ブルックスは,報告書作成の意図は有権者を驚かすことではなく,最悪の事態に備えて関係者に対応を促すことにあるとしている。
正副大統領就任までの過程
The Economist(9月3日号)は「米国の醜い選挙」と題して,今年の選挙の危うさを報じている。果たして11月3日に何が起こるのだろうか。仮に選挙結果を巡って,両者が法廷闘争に入った場合でも,1月20日までの必要な手続きはクリアーされねばならない。その日程は次のとおりである。
(1)11月の第1月曜日の翌日の火曜日(今年は11月3日)に選出された選挙人は12月の第2水曜日の翌週の月曜日(同12月14日)に各州都に集合し,正副大統領候補者に投票する。(2)安全策(safe harbor)として,各州はその6日前(今年は12月8日)までに投票結果を決定しなければならない(3 U.S. Code§5)。投票結果は署名・封印され連邦上院議長(現在はペンス副大統領)に送付される。(3)選挙年の翌年(今回は2021年)の1月6日午後1時に連邦両院議員が出席する合同会議で,正式に選挙人票が数えられ,選挙人票の総数(538票)の過半数(270票)の選挙人を獲得した候補者が正副大統領に決定される。(4)いずれの候補者も過半数を獲得できなかった場合は,連邦議会が正副大統領を選出する(この手続きは省略)。(5)新旧正副大統領は1月20日正午に就任,退任する。
なお,2000年の大統領選挙では,上記(2)の「6日前まで」は12月12日であった。連邦最高裁がブッシュの勝利を確定したのは12日の午後10時。「6日前」の期限の2時間前だったが,期限は守られた。ゴアの敗北声明は翌13日午後11時3分。今回,トランプが居座るとしても,1月20日正午以降まで居座ることは不可能である。その時の新しい正副大統領は誰なのだろうか。
[注]
- (1)Transcript: ’Fox News Sunday’ Fox News interview with President Trump, published July 19, 2020.
- (2)Lawrence Douglas. Will He Go? Trump and the Looming Election Meltdown in 2020, New York: Hachette Book Group, May 2020.
- (3)Rosa Brooks, What’s the worst that could happen? The election will likely spark violence - and a constitutional crisis, The Washington Post, September 3, 2020. 報告書のタイトルはTransaction Integrity Project: Preventing a disrupted presidential election and transition.
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