世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1861
世界経済評論IMPACT No.1861

アフターコロナ時代の新しい大学教育の国際化

鈴木典比古(国際教養大学 理事長・学長)

村中 均(常磐大学 准教授)

2020.08.31

 新型コロナウイルスの影響で,教室での対面授業の実施が困難となり,日本の大学の約9割がオンライン授業を導入したといわれている。オンライン授業では授業そのものが地球上を瞬時に駆け巡り,どこにでも届く。国際化が遅れているという指摘を受けていた多くの日本の大学は,これを機に,一気に国際化を推進できる素地を整えたともいえる。本稿では大学教育の国際化について概念的に考察し,オンライン化を背景とした新しい大学教育の国際化のパターンについて説明を行う。

 本稿では,大学教育を社会に対して価値ある能力を備えた人的財を生み出す教育プロセス(具体的には諸科目の教授と受講)と定義しよう。すなわち教育財のバリューチェーン(価値連鎖,生産工程)と捉えることにする。

 このように定義される大学教育の国際化には,まず教育素材である学生の海外留学等の国際間移動の側面がある。これは教育の機会を求めて学生が国際移動することを意味する。教育財の国際間移動をこのように考えると,その移動には輸入と輸出が考えられよう。輸入とは学生が母国(例:日本)から海外の大学に出かけ,海外の大学によって教育を授けられる。これは教育財が海外生産者(海外大学)によって加工され,母国に帰国することを意味し,他方,輸出とは海外から日本に留学生を受け入れ,日本の大学で加工を施し学生の母国に送り返すことを意味している。

 大学教育の国際化のもう一つの側面は,大学自体の海外進出活動である。今では大学自体が海外に分校を創り,海外で教育財の直接生産を行うようになっている。これは教育財生産者の海外直接投資であるといえよう。さらにはICT時代を迎え,授業そのものが地球を駆け巡る,MOOCs(Massive Open Online Courses)等を利用したオンライン時代に入った。ここでは留学生ではなく,授業科目そのものが地球をぐるぐると駆け巡っている。学生はその授業科目をキャッチすればよい。

 このように教育財(学生)や教育財生産者(大学)の国際間移動は,①教育財の国内生産→②教育財の輸出・輸入(留学)→③教育財生産者の海外生産(分校設立)→④オンライン(MOOCs等)生産の4つの段階を経て進展している。①の国内生産の段階は教育財生産者(大学)が国内のみで活動を行っており,②は教育財の輸出・輸入留学,③は生産施設を海外に移転し,海外で教育財の生産を開始する段階で,④はオンラインで授業を全世界に同時配信を行う段階のことである。この④オンライン生産の段階では物理的な意味で,教育財生産者の国際間移動はなくなり,教育(具体的には授業科目の教授と受講)という生産活動のみが世界同時に発現し,オンライン授業科目が世界を駆け巡ることになり,デジタルな大学教育のグローバルネットワーク化すなわち教育財のグローバル・バリューチェーンが進展することとなる。

 欧米の先進的な国の大学の国際化の現状は,③海外生産の段階さらに④オンライン生産の段階に突入しており,翻って,日本は2000年代以降,多くの大学が①国内生産の段階に留まっている。

 今回の新型コロナウイルスの影響により,期せずして日本の多くの大学は,原理的に④のオンライン生産の段階に突入したといってよいであろう。オンライン授業は,②の,現地への留学より容易であるため,今後,日本の学生が海外大学の授業科目を履修する,日本語を履修している海外の学生が日本の大学の授業科目を履修する等,国際的な単位互換,ジョイントディグリーやダブルディグリーの件数は増加していくと考えられる。我々はこれらを学生が大学間を移動し授業科目を履修(単位を修得)していく「学生渡り鳥制度」と呼ぶが,オンライン化によって授業科目のグローバルな流動性が増すことから,今後,複数大学の授業科目(単位)による学位プログラムは多様化していくと考えられる。教育財のグローバル・バリューチェーンを前提としたものがアフターコロナ時代の主流の大学教育の国際化パターンとなるであろう。その場合,日本の大学にとって問題となるのは使用言語である。日本語のみの授業提供は教育財のグローバル・バリューチェーン構築を難しくする。

 授業そのものに焦点を当ててみると,授業のオンライン化によって,授業内容は開講以前に学生が知るところとなる。したがって授業による知識の伝達の部分は,学生が授業開始以前に自ら学習し,授業に出席する。したがって,これまでのように学生の受け身一方の授業ではなく,学生が能動的に発言し授業参加を行うようになる。反転授業やアクティブ・ラーニングが促進され,MOOCs等を活用することで,科目番号(コースナンバリング)制でいう100番台200番台といった基礎的なレベルの授業は内容の標準化が生じてくるであろう。逆にいえば,オンキャンパスでは教員と学生の間の対面的・対話的な側面が大きい課題研究や卒業研究に関連する授業や学生一人ひとりへの指導がこれまで以上に重要となり,オンラインであれば科目番号制でいう300番台400番台といった専門性の高い授業科目というのが当該大学の優位性構築にとって重要となる。また,授業のオンライン化は,原理的には授業科目が世界に対してオープンになることを意味しており,教員一人ひとりの資質能力を世界に向かって表にさらすこととなり,それを一層向上させることが極めて重要となっている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1861.html)

関連記事

鈴木典比古

村中 均

最新のコラム