世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4190
世界経済評論IMPACT No.4190

大義は美談ではない:地域プロジェクトを動かす説明責任の設計

伊鹿倉正司

(東北学院大学地域総合学部 教授)

2026.02.02

 先日の衆議院解散をめぐっては,解散の「大義」の有無が争点となっている。解散に大義が法的に必須かどうかは脇に置くとしても,政治が国民の関心を動員し,行政コストを払い,政策停滞という副作用を引き受ける以上,「何を問うのか」「なぜ今なのか」を言語化できなければ,正統性コストは高まる。要するに,説明できない意思決定は高くつく。大義とは,道徳的な美談ではなく,意思決定を成立させるための説明責任である。

 この「大義」の問題は,地域課題解決の現場にも驚くほどそのまま当てはまる。近年,「地域課題解決」「共創」「伴走」「関係人口」といった言葉が,万能薬のように多用されている。しかし現場には,「また新しいプロジェクトか」「結局,誰が最後まで面倒を見るのか」という調整疲れが蓄積している。言葉が先行した取組が重なるほど,地域の側には疲労が溜まり,信頼という最も重要な社会関係資本が削られていく。

 地域の現場で問われているのは,理念の美しさよりも「意思決定が回る設計になっているか」であり,大義とは意思決定の「仕様」である。すなわち,①誰の何を,②いつまでに,③どの指標で,④誰が責任を負い,⑤どの条件で縮小・撤退するのかを,一枚で示すことである。これを一枚で示せない取組は,善意に見えても,実態としては責任の拡散である。成功は「みんなの手柄」になり,失敗は「誰のものでもない」。その結果,地域課題解決は公共善から,外部者の実績づくりへと傾きやすい。

 そもそも外部者が地域に入るときの最大の制約は「情報の非対称性」である。つまり,外部者は地域の暗黙知(利害関係,歴史的経緯,禁じ手)を知らない。一方で地域は,外部者の真意(短期の成果か,長期の定着か)を測りにくい。この非対称性を放置したまま「共創」を唱えれば,期待はすれ違い,現場の摩耗だけが残りやすい。だからこそ,仕様としての大義が要る。

 では,その仕様において「成果」はどう定義されるべきか。地域課題解決が掛け声化する理由の一つは,「やったこと」が成果に見えやすい点にある。ワークショップの開催数,参加者数,実証の件数は,アウトカム(事故減,売上増,孤立減)を代替しない。したがって,成果は二重化する必要がある。

 第一の成果はアウトカムである。例えば地域の交通安全であれば,速度低下,ヒヤリハット減,見守り参加率など,定量指標に落とす。また商店街の活性化であれば,通行量,回遊,客単価,空き店舗率など,最低限の指標を持つべきである。第二の成果は,地域の自己解決能力(課題を特定し,打ち手を選び,検証して更新できる力)である。言い換えれば,外部者がいなくても回る力だ。データを取り,意思決定に使い,改善し,検証する循環を,地域側が自走できる状態として残せたか。外部者が去れば元に戻る取組は,地域の力になっていない。

 さらに,仕様として欠かせないのが運用の土台,すなわち兵站である。地域の意思決定にはコストがかかる。会議,調整,住民説明,データ提供は,無限に供給できるものではない。にもかかわらず,プロジェクト側がそれらを「協力」として無償で前提にすると,地域は疲弊する。必要なのは,成果を出す以前に,意思決定が回り続ける条件を最小限,あらかじめ設計しておくことだ。これを欠いた取組は,途中で人が入れ替わった瞬間に失速し,地域に「疲労」だけを残す。大義のない共創は,地域の信頼を食いつぶす。

 ここまでを踏まえると,地域プロジェクトは,もう一つの経済学の概念である「契約の不完備性」の影響を強く受けることが分かる。すなわち,将来起こりうる事象をすべて合意文書に盛り込むことはできず,事後的に第三者が評価できない部分も多い。そのため「走りながら考える」は,往々にして「責任を曖昧にしたまま走る」に変質する。ゆえに,仕様には,開始条件だけでなく,終了条件まで組み込まれていなければならない。いつ,どの条件で,何を残し,何を片付け,誰が維持するのか。撤退後に地域が困らない可逆性を確保できない企画は,そもそも地域の器に乗らない。大義ある企画は,始め方よりも終わり方が美しい。

 「地域課題解決」は,単なる掛け声に終わるのか。それとも,地域の主権を守り,責任を固定し,成果を定着させる公共の技術になるのか。分岐点は明確である。大義とは,耳ざわりのよい理念ではない。説明責任・責任主体・成果指標・兵站・撤退条件を一枚で示し,地域の意思決定を前に進めるための設計図である。大義ある地域課題解決に必要なのは,言葉ではなく実装である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4190.html)

関連記事

伊鹿倉正司

最新のコラム

おすすめの本〈 広告 〉