世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1817
世界経済評論IMPACT No.1817

北朝鮮の「市場経済化」と金正恩体制

上澤宏之

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2020.07.20

 北朝鮮で「市場経済化」が進んでいるとされる中,金正恩体制としてはこれをどのように捉えているのであろうか。結論から述べれば,北朝鮮当局は「市場経済化」について生産力の拡大など,計画経済の再建に資すると判断している一方,それが資本主義的生産様式を含むものとして,体制に与える否定的影響についても強く認識しているのである。この「市場経済化」は,体制側にとってまさに「諸刃の剣」ともいうべき存在であり,これへの促進と警戒という二重の対応を迫られている。

 北朝鮮は経済事業があくまでも国家による統一的指導の下で行われるべきであり,究極的には「国家商業体系,社会主義商業を復元し,国営商業網を通じた商品流通を活性化してこそ,人民の便宜を保障しつつ,国家の手中に資金が円滑に入る」(『労働新聞』2020年3月7日)と主張している。住民らの私的経済活動についても,生活に必要な活動は黙認するものの,北朝鮮当局が「非社会主義的・反社会主義的現象」と指摘する資本主義的な動きへの警戒を繰り返し呼び掛けているように体制にとって悪影響と判断されるものについては,統制を強めていく方針であることがうかがわれる。

 こうした「市場経済化」への警戒は,金正恩党委員長の言説からも確認できる。たとえば,昨年12月28~31日に開催された党中央委員会第7期第5回全員会議で,金党委員長が「わが共和国が強大な力を蓄え,あらゆる面で正常的な発展を志向している今日にきてまで,先の時代の過渡的かつ臨時的な事業方式を引き続き踏襲する必要はない」(『労働新聞』2020年1月1日)と発言した。この「過渡的」及び「臨時的」という言葉は,「経済的槓桿」(経済的レバレッジ)を含む「市場経済化」を指すものとみられる。北朝鮮は,かねてより「社会主義は共産主義の高い段階に比べて未熟性で,過渡的性格を帯びる」,「社会主義経済建設が前進し,社会主義が社会主義社会の過渡的性格が克服されることにより,社会主義経済管理の基本原則は更に完全具現される」などと明らかにしてきた。その上で,「我々は社会主義経済管理の本質的特徴に合うよう過渡的性格を反映した経済的槓桿を正しく利用することで,個人主義,利己主義に反対し,集団主義的原則を徹底して実現し,国家による経済の統一的な計画的管理を強化し,社会主義計画経済の優越性を高く発揚する」(以上,金正日『チュチェの社会主義経済管理理論でしっかり武装しよう』1991年)と主張してきた。

 このことから金正恩党委員長としては「経済的槓桿」を含む「市場経済化」があくまでも「過渡的」現象であることを改めて印象付け,行き過ぎた「市場経済化」をけん制する狙いがあったものとみられる。ちなみに,北朝鮮は今年に入り「社会主義商業法」改正(『民主朝鮮』2020年1月26日)を通じて,「商業部門事業に対する指導と営業許可」などにおいて「制度と秩序を厳格に打ち立て,国家の商業政策を徹底して執行する」と明らかにしている。改正された内容は公表されていないものの,国家による経済統制の強化を柱とした昨年末の全員会議の後続措置と推察される。

 「市場経済化」と「管理・統制」の両者のバランスにおいては,体制側がそのかじ取りに苦心している様子がうかがわれる。将来的に「市場経済化」に対して北朝鮮当局がどのように統制・管理を進めていくのか,北朝鮮経済を観察する上でもう一つの興味深い視点である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1817.html)

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