世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1773
世界経済評論IMPACT No.1773

SDGs(持続可能な開発目標)のジレンマと二つのやるべきこと

橘川武郎

(国際大学大学院国際経営学研究科 教授)

2020.06.08

 地球温暖化対策を進めることは,容易ではない。深刻な二律背反が存在するからである。

 現在,人類が直面する最大の危機は,何であろうか。それは,残念ながら,今もって,貧困と飢餓である。2018年9月に発表された国際連合(国連)の18年版「世界の食料安全保障と栄養の現状」報告書によれば,世界の飢餓人口の増加は続いており,17年には8億2100万人,つまり世界人口のほぼ9人に1人が飢えに苦しんでいる。貧困と飢餓を克服するためには「豊かさ」が必要であり,「豊かさ」の実現は,多くの場合,化石燃料の消費の拡大をともなう。世界の未電化人口が17年時点で9億9200万人に達していることを考え合わせると,人類全体が電気のメリットを享受できるようにするためには,石炭や天然ガスの使用量は増加せざるをえない。資源エネルギー庁「昨今のエネルギーを巡る動向とエネルギー転換・脱炭素化に向けた政策の進捗」(2019年7月1日)によれば,2000~16年に世界で新たに電源へアクセスできるようになった人数は約12億人に達するが,そのうちの71%は,化石燃料を使用する電源にアクセスしたとのことだ。

 一方,人類が直面する二番目の危機は,地球温暖化である。15年に開催されたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)でパリ協定が採択されたが,同協定は,世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より低く保つこと,さらには1.5℃に抑える努力を重ねることを規定した。16年11月に発効したパリ協定は,気候変動枠組条約に加盟する196ヵ国すべてがいったんは参加したという意味で史上初の枠組みであり,地球温暖化に対する人類全体の強い危機感が表明されたものと言える。

 地球温暖化対策を有効に進めるためには,温室効果ガスの中心となる二酸化炭素(CO2)を排出する化石燃料の使用を抑制する必要がある。つまり,人類最大の危機である貧困・飢餓への対策(化石燃料の使用拡大)と,人類第2の危機である地球温暖化への対策(化石燃料の使用抑制)とが,原理的に矛盾するわけである。現在を生きるわれわれは,深刻な二律背反に直面していることになる。

 最近街で,円を17分割したカラフルなバッジを付けた人をよく見かける。15年9月の国連サミットで採択された17項目の持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)を象ったバッジである。

 SDGsの17項目の目標は,以下の通りである。

  • (1)貧困をなくそう。
  • (2)飢餓をゼロに。
  • (3)すべての人に健康と福祉を。
  • (4)質の高い教育をみんなに。
  • (5)ジェンダー平等を実現しよう。
  • (6)安全な水とトイレを世界中に。
  • (7)エネルギーをみんなにそしてクリーンに。
  • (8)働きがいも経済成長も。
  • (9)産業と技術革新の基盤をつくろう。
  • (10)人や国の不平等をなくそう。
  • (11)住み続けられるまちづくりを。
  • (12)つくる責任つかう責任。
  • (13)気候変動に具体的な対策を。
  • (14)海の豊かさを守ろう。
  • (15)陸の豊かさも守ろう。
  • (16)平和と公正をすべての人に。
  • (17)パートナーシップで目標を達成しよう。

 通常,SDGsは,第13項目(「気候変動に具体的な対策を」)に重きを置いて理解され,地球温暖化対策が中心的な内容だと思われがちである。しかし,第1項目は「貧困をなくそう」であり,第2項目は「飢餓をゼロに」である。第13項目の達成のためには化石燃料の使用抑制が求められ,第1・2項目の実現のためには化石燃料の使用拡大が不可避である。SDGsもまた,二律背反に陥っているのである。

 そのことを端的に示すのは,第7項目の「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」だ。エネルギーをみんなに届けるためには,化石燃料の使用を増やさざるをえない。しかし,エネルギーをクリーンにするためには,化石燃料の使用を抑えなければならない。第7項目は,それ自体が二律背反を内包していると言える。

 人類が直面する二律背反を解決する手立ては,存在するのだろうか。真に解決することにはならないかもしれないが,少なくとも全力をあげて取り組むべき方策が二つある。

 第1は,省エネルギー(省エネ)である。省エネとは,「なるべく少ないエネルギー消費で豊かさを実現すること」と定義づけることができる。

 第2は,CO2をほとんど排出しないゼロエミッションのエネルギー源を使用することである。ゼロエミッションのエネルギー源としては,再生可能エネルギーと原子力の二つをあげることができる。ただし,原子力には,CO2を排出しないものの,使用済み核燃料の処理が未解決だという大問題がある。したがって,ゼロエミッションのエネルギー源として活用すべきは,まずは再生可能エネルギーだということになる。

 人類が直面する二律背反を克服するためには,省エネの徹底と再生エネの最大限活用から始めなければならないのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1773.html)

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