世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1728
世界経済評論IMPACT No.1728

安全保障を見据えたコロナ禍後の産業

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所特任 教授)

2020.05.04

 緊急事態宣言,国民全員に¥10万ずつ配る,商店街で混雑,8割おじさん等々,テレワークのため家人が見ている奥様番組を見る機会があり,10分で終わる内容を延々1時間半もやっている状況を初めて理解した。ほとんどインフォデミック状態である。芸能人やコメンテーター,感染症や毒性の専門外の「識者」が初めは常識範囲,話が繰り返されるにつれて過激なことを撒き散らしている。少しは専門誌・論文やUS CDCのサイトを読んでから発言して欲しい(毎日TVに出演していたら,そんな時間もない?)。情報時系列処理の初歩も知らずに「増えた減った」の議論は止めて欲しい。医療系論文誌でReviewを受けていない,いわゆる緊急投稿(“Correspond”, “To the Editor”等の欄)は,将来,内容の修正取り下げ,解釈の変更があり得るという前提なので,「論文によると」という報道であたかも査読済「確定内容」として報じることはデマゴーグになりかねない。実際,中国のレムデジビル治験報告は,2ヶ月ほどで「効く」から論文取り下げとなった(未だにこの中国論文を引用する番組がある)。まさに垂れ流し厄災である。

 今回,多くの国民に共有されたのは,マスクを始めとした医療関係製品製造を中国に移管し供給を頼っていて緊急時対応できないことである。そのため,国内供給が枯渇する,マスコミが騒ぐ,ジジババが早朝から店頭に行列するという悪循環を引き起こす。地元のあるホームセンターでは,未だにトイレットペーパーが売り切れている(このチェーンの他店,その他のドラッグ,スーパーでは普通に並んでいるのだが…)。本来報道の果たすべき役割は低単価の雑貨でさえも中国に頼ることの危険性を指摘することだが,マスコミは買い占め,アベノマスク,コロナ感染者数で恐怖を煽る。数理処理などというものはマスコミには関係ないのだろう。その先頭を担っているのがNスペであり,(恐らく)一番怖いことを言う専門家だけを登場させているのだろう。BSフジ・プライムニュースや日テレ「ゼロ」のノーマルな報道(センセーショナルでない)を見習う必要がある。今こそTVキー局は一部のモノ不足の原因の多くが中国がらみと分析・報道しなければならない。中国共産党は人類貢献ではなく,恣意的な製品輸出を行うことを恥も外聞をなく露わした。彼の国の冷酷さとそれに対峙する心構えを報道しなければならないが,好き放題をリベラルと間違えている我国メディアに期待するのは無理というものだろうか。

 国家の安全保障は,存亡に関わる産業を支えるための最低限の製造供給能力を推し量って非常時への備えをすることが必要である。ところが,多くのエリートや企業経営者の頭の中身が,この未曾有の惨禍でも未だに平時の思考のままである。コロナ禍で判ったことは,真の非常時には自国のみで生き抜いていくリソースと能力=技術力を平時から備える計画立案である。反対に,現実は「MBA」を崇めてその言説に囚われ,日経ビジネス電子版の「逆・タイムマシン経営論」で指摘する「トラップ」が我国の優位性をことごとく踏み潰してきた。米国MBA卒のエリートらが80年代から盛んに主張し,必ず推奨したアウトソーシング戦略は,多くの大企業首脳が無思考的に採用してしまった。筆者は,全ての国際的大手ファームの経営戦略コンサル作業に企業側として参加させられた経験がある。エンロンで破綻したアーサー・アンダーセン(AA)は,自社生産は止めて外注への転換一点張り提案であった。異なる課題でAAと2回付き合ったが,分析・推奨は全く同じ。自社の内製技術ノウハウ,サプライチェーン保全など,いくら説明しても無視された。AAの「パートナー」にとっては,商品は中身の優劣ではなくマーケティングでしかなかった。シャンプーといえども水を詰めて売れればそれで良いのである(本当にこう言われた)。BCP(事業継続計画=Business Continuity Plan)は生産を複数・多国にして凌げば良いという論理である。マネージメントへのプレゼンなど,こちらが用意した資料をほとんどそのまま,いかにもAAが見つけ出したように使ったので腹が立った。

 今回のコロナ禍で中国が露骨に示した西側諸国に対する「潰し戦略」はかなり前から行われている。その一例であるマグネシウム産業を紹介する。

 マグネシウムは精錬に高度な技術を要するが軽量かつ他の金属の改質に重要な元素なので,航空宇宙を始めとした国防先端産業用部品から日常生活にわたり重要である。日本マグネシウム協会(2017)まとめから,マグネシウムインゴット生産の85%が中国,以下,米国6%,ロシア5%,イスラエル2%である。1980年以前は日本を含めた西側諸国とソ連で生産されていたが,中国はコピペ工場で市場価格より30%安い価格,実質ダンピングで市場供給を開始した。当然,西側諸国メーカーは赤字になり淘汰された。米露イスラエルは市場価格に見合わないにもかかわらず,国防上の理由から各1社ずつ保有している。我国ではマグネシウム合金を大量に製造しているが,インゴット95%と大量の合金を中国から輸入している。この輸入品が無いと自動車も作れない。更に,肥料に添加するマグネシウム塩類,食品加工用(例えばニガリ),薬品,難燃剤など,マグネシウムは生活の隅々まで入り込んでいる元素である。つまり,中国と対峙しようとすると,武器弾薬から豆腐カニカマに至るまで製造できなくなる。「マスクが足らない」どころの騒ぎでは済まない,戦う前から負けなのである。

 コロナ禍以前からハトポッポの様に中国と東アジア経済共同体を目指す人々が多数いる。友好善隣は絶え間ない努力が必要であることは自明である。しかし,首に縄をかけられた状態で対等の外交などありえない。中国共産党との友好的関係を保ちたいなら,まず,国家の安全保障の足枷となる材料と技術のサプライチェーンの再構築を検討すべきである。

 日経新聞を始めとする経済関係論議ではコロナ禍後の世界経済について種々意見が喧しくなってきた。多くは株価を議論するが,平時の感覚でコロナ禍以前の世界秩序に戻ることを考えている。しかし,株価ではなく国家の足腰強さは重要物資を自前で供給できることに依存する。コロナ禍後に向けて小手先のBCPを体裁よく作るのではなく,前例踏襲を止めて,侵略をしかねない隣人がいることを前提として非常時の対策を練り直すことが必要である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1728.html)

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