世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1727
世界経済評論IMPACT No.1727

ふるまい方:Covid-19からのひとつの気づき

大東和武司

(関東学院大学経営学部 教授)

2020.05.04

 ふるまい方,最近,思い起こした言葉である。福岡伸一が京大1年のとき,同じ語学クラスにいた4年生は,無生物が主語のbehaviorを「ふるまい」と訳したそうだ。DNAのやりとりはふるまい方であり,ふるまい方によって形質転換作用に違いが生まれる。同様に,われわれにおいてもふるまい方次第で状況が変わる。

 Covid-19はまたたくまに世界中の多くの人びとに悲しみや不安を生んでいる。感染症自体は有史以前からあり,天然痘,ペスト(黒死病),コレラなどなど,人びとの接触・交流の広がりともに流行の範囲を地球規模で拡大させてきた。その対策として,とりわけ19世紀以降,上水道,下水道をはじめとする公衆衛生の概念が広がり,またワクチン開発・接種によって疑似集団感染化による予防,そして対症療法である抗ウイルス薬治療など医療体制の構築が行われてきた。個人レベルでのせっけんでの手洗いや換気の徹底など衛生観念も次第に備わってきた。江戸幕府も,日本での三度目のコレラ流行期1862年(文久2年)にオランダ医師フロインコプスの『衛生全書』の抄訳本『疫毒預防説』によって,「清潔」「換気」「運動と食生活」など広く注意を促した。

 自然界の突然変異・進化は,4種類のヌクレオチドで構成される遺伝情報の担い手としてのDNA(核酸)の文字上のごくわずかな変化が,20種類のアミノ酸で構成される生命活動の担い手としての多様で複雑なたんぱく質の文字を書き換える形質転換作用をもたらすことで引き起こされる。異なる細菌間でもDNAのやりとりは行われる。抗生物質が作用しない新たな耐性菌の出現もその結果である。感染症との関係は果てしなく続く。Covid-19の終息の日が待たれる。ただ,次の感染症がまた生まれるのは確かだ。他方で,人びとの地球規模での接触と交流が深まっていくことにも抗えない。

 とはいえ,目前のわれわれの「不安」の解消・縮小は喫緊の課題だ。命への不安,生活への不安,将来への不安など多岐にわたる。もちろん,一人ひとりでも解消の手立てを考えるだろう。家族,友人など周りの人びとも手助けをしてくれる。政治も手立てを考える。不安の解消・縮小に向けて多面的な接近がなされている。

 「不安」の反対語は「安心」。安心,心が安らぎは,葛藤や苦悩がない状態である。最終的には一人ひとりの心のなかであるが,それは,家族や友人との関係あるいは社会でのさまざまな経験によって育まれてきたことを拠り所とする。いわば,家族,友人,社会とのコミュニケーション,その結果としてのそれぞれへの「信頼」の積み重ねに依拠していると言ってもいい。逆に,家族,友人,社会など周りに持っていた信頼は,予想なり期待が裏切られていくと不信に至り,ひいては不安となり,葛藤や苦悩が生じる。英語に連ねれば,例えば,理由・経験・証拠などにもとづく確信(Confidence)がなくなると,具体的な決定や行動に結びつく信頼(Reliance)が揺らぎ,ひいては絶対的な信頼(Trust)も崩れ,さらには理性的な判断にもとづかない一方的な信頼(Faith)をしていた人びとも離れていく。これが信頼から不安に至る流れだろう。信頼が増えていく連鎖であればいいが,不信・不安へと連なるのであれば,一人ひとりの心も荒み,絆も壊れ,悲しい。

 信頼関係を築いていくためのコミュニケーションが「対話」だ。職位,権力の有無を離れ,対等な関係として,お互いが向き合うことである。平田オリザは,日本には,「対話」の言葉が作られてこなかったのではないかという。例えば,対等な関係の誉め言葉,女性上司が男性部下に命令するきちんとした日本語などである。また,政治家の言葉も概して上意下達的であり,そうかもしれない。為政者が強いリーダーシップを発揮しようとすると「対話」は時間がかかるし,無駄ともいえ,かえってマイナスに作用するかもしれない。ただ対話のない国家は,異なる価値観や文化への擦り合わせの醸成もなく,偏りを生み,国民との間の信頼関係もなく,ひいては独裁となり,戦争など大きすぎるリスクを生むことは歴史の示すところだ。「対話」への意識をわれわれ一人ひとりが持つことは,単に不安を取り除くだけでなく,信頼関係を確かめ築き,将来のためにも大切なことだろう。

 Covid-19の猛威はすざましい。今後,社会のありようは,確かに変わってしまうだろう。とりわけ,手洗いの場所さえ整っていない人びと,生計がままならない人びと,テレワークやオンライン学習などの環境が十分でない地域などなど,国内また地球規模でのさまざまな格差は,ますます深刻になるだろう。そうした人びとの困窮や痛みを置き去りにすれば,ひいては自らに跳ね返ってくる。いま,われわれ自身の「ふるまい方」の見つめ直しが求められているのではないだろうか。例えば,制圧や征服ではなく,ウイルスとの共存・共生はどうしたら,どのように,などへの視座をもち,国内の,また世界の人びとが置かれている状況に想像力を働かせた見つめ直しである。ひょっとすればすでに,地球のさまざまなところで,個人において企業において,価値観や思考の軸を含め,「ふるまい方」への変化の兆しがあるのかもしれない。甚大な試練だがCovid-19によって,その兆しを生かし広げる機会が与えられたと考えるのが素直かもしれない。

[参考・参照文献]
  • 土師野幸徳「“コロリ”対策も『手洗い』『換気』が重要だった:幕末から明治にかけてのコレラ大流行と予防法」2020年4月5日アクセス https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00854/
  • 平田オリザ「『対話』の言葉を作る」『本』講談社,2012年2月,pp.42-49.
  • 福岡伸一「フォー・レター・ワード」(生物と無生物のあいだ3)『本』講談社,2006年5月,pp.12-19.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1727.html)

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