世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1610
世界経済評論IMPACT No.1610

2020年代はポスト・トルースの跋扈する「文明国家」興隆の10年

瀬藤澄彦

((元)帝京大学 教授)

2020.01.27

21世紀の文明の衝突論

 文明は交通網が発達し都市化進み国家的政治体制のもとで経済社会技術の水準が高度化した文化のことであろう。今,米国イアン・ブレマー主宰のシンクタンク,ユーラシア・グループは2020年10大リスク予測のなかで新年は非常に困難な転換点になると警告。米中対立でグローバル化の波が減速,景気の波も後退,地球温暖化も景気の足を引っ張り,地政学的な紛争も国際協調の環境が損なわれるためグローバルリスクがこれまでにないほど増大すると予測する。実際,大西洋を挟んだ米国と欧州の同盟関係もかつてない波乱のまま新年を迎えた。サムエル・ハンチントンの唱えた1990年代の予言「文明の衝突」(The Clash of civilizations,1993年)は冷戦後と21世紀には政治やイデオロギーに替わって文明の相違を境界とする8つの大地域圏(西欧,東方正教会,中華,日本,イスラム,ヒンドウ,南米,アフリカ)の抗争が断層ライン(fault line)において緊張と対立が高まるとしたことを彷彿とさせる。

「デモストラクチャー国家」の世界的な覇権争いが加速

 フランスの論客で知られるニコラ・バベレス(Nicolas Baverez)はかつてないほど欧州が世界の大国たる「帝国」勢力と多くの地政学的リスクに包囲されているのに,肝心の統合欧州は皮肉なことにはかなく,無力で分裂していると懸念する。再建するにも崩壊するにしても21世紀のこれからの10年間は決定的な時期である。人口動態の点では単に高齢化が進行するだけではなく,中東アフリカ世界の混乱が後押しし,さらに気候変動の温暖化も手伝い,これらの地域からの欧州大陸への巨大な人口移動が発生している。経済成長は全要素生産性の上昇もほとんど止まってしまい欧州経済の「ジャパンニゼーション」という低成長の悪循環に陥っている。また地政学的には米国の同盟国としての軍事的な安全保障の確保が不確かなものとなり,その上,NATOそのものの結束も危ういなかで今や欧州は軍事防衛力の欠如を露呈し,脆弱になってしまった。そしてイスラム共和国のテロリスト集団勢力は欧州社会においてSNSなど情報ネットワークなどを通じて再編成することによって蘇りつつあり,今やエジプトからギニア湾までのアフリカ大陸に急速に浸透しつつある。これらに加えて,民主主義の仮面をかぶった全体主義国家,すなわち「デモストラクチャー国家」(demostructure)は,中国が欧州の戦略的なインフラ拠点を支配下に抑え,ロシアとトルコがウクライナからシリア,さらにリビアまで軍事的介入を日に日に強めているように世界的な覇権争いが加速している。

2020年代の10年は欧州統合の真の正念場

 2010年代に相次いで顕在化したこれらのショックは欧州にその挑戦として待ったなしで突き付けている。このような状況を打破し復活に向けたメッセージをウルシア・フォン・デア・ライエン欧州連合委員長は発信する必要がある。第1は統合欧州の築いてきた単一市場,ユーロ,シェンゲン協定などの実績を再構築することである。ここにきて米国や中国の大企業による寡占的な行動に表れている保護主義や非グローバリゼーションの動きは競争ルールを緊急に世界的なスケールで見直す必要が出ている。欧州は消費者のみならず企業,その資産,技術,データ,コンピタンス,などを保護する必要がある。ユーロは危機を乗り切ったが,早急に2つの重要課題,すなわち銀行同盟の完成と資本市場の整備,それと通貨政策に偏った経済政策のかじ取りを財政政策に向けて,教育,R&D,デジタル技術,環境生態保護に投資を行う必要がある。地中海における難民対策の帰趨はEUの信憑性とポピュリズムへの対抗に大きな影響を与える。

 第2は統合の深化は持続可能な社会,不平等格差,環境保護,温暖化対策にその経済成長モデルの基盤に据える必要がある。第3は米国との関係ではテロ,インフラ,サイバーリスク,などセキュリティの統合欧州体制の樹立が必要になった。第4は世界的な民主主義体制のために米国に依存しない政治的自由のための同盟を樹立する必要がある。それにはマルチラテラリズム外交を進める必要がある。

西欧のソフトパワー優位の時代は終焉する

 国際政治学者ルノー・ジラール(Renaud Girard)によれば2010年代の10年間は欧州が世界の諸問題についてのリーダーシップを失った時期だったと断言する(Le Figaro 31/12/2019)。西欧のソフトパワー優位を背景にポスト冷戦後は世界外交を仕切ってきたが,その時代は終焉した。最近の2つの出来事がそれを示す。2019年12月27~30日に展開されたアラビア海におけるイラン,中国,ロシア3国の共同海軍演習はもはやペルシャ湾が米国の支配下になく,中国はその経済的利益擁護のために軍隊派遣になんのためらいもなくなったことを物語る。さらに中国は東アジアにおいてカンボジアをその衛星国家とするためにカンボジアのタイランド湾沿海部地域のコンセッションを獲得,「真珠の首飾り作戦」によって巨大な空港と水深のある港湾を建設して「一帯一路」による世界覇権に向かっている。一昔前には米国の事前の「了解」取り付けなしにはこのような戦略軍事計画は構想さえ難しかった。1990年代には米国は世界のどこでも自分の思うままであった。1999年国連の賛同なしにセルビアに対してコソボ独立を認めるようNATOは軍事行動を指示した。また2001年にはアフガニスタンの民主主義化推進を掲げて世界に向けてその軍事介入を認めさせた。2003年には米国と英国はイラクへの侵略をフランスの反対があったが行った。2011年3月西側諸国はフランスも含めてカダフィ大佐を追放するためにリビアに介入した。

 今日はこれらの軍事介入はすべて考えられないことである。R.ジラールは西欧の戦略外交優位の失墜はロシアとのパートーナーシップ関係を修復できず,内部的な分裂を放置したまま,トランプ旋風に米欧間の傷口を開けたままで,2020~29年のこれからの10年間が果たして西欧諸国間の同盟修復にたどり着けるのかは大きな疑問であるとしている。

21世紀では「文明国家」の興隆が訪れる

 英国の週刊エコノミストは20年1月4日号で1993年のハンチントン予測では文明が国民国家のグループとして衝突することが冷戦後に訪れるとしていたのに対して,21世紀では「文明国家」の興隆が訪れるとしている。中国の学会グループでは中国こそ世界唯一の「文明国家」であるとみている。ロシアのプーチン大統領はロシア型文明国家が解体するのを防いたと宣言した。またインドのマスコミはインドも文明国家と喧伝している。これらの国に加えて米国,トルコ,そしてEUも指摘されている。国家が単に国だけを統治するだけでなく全体としての文明を防衛していくという文明国家世界である。それは従来の地政学的な枠組みでもない。国民国家を関税,移民,軍隊,国境,外交なども管理する新たな世界の登場である。EU委員会もこのほど欧州型ライフスタイル担当コッミショナーを新設した。マクロン大統領も実存主義的な欧州文明論を展開,中国や米国を意識したものである。フランスのルメール財政経済大臣もその著「21世紀の欧州~新たな帝国」のなかでその展望を描いている。しかしナショナリズムを文明イズムと置き換えてもその国際的な緊張関係の深まりはもっと明らかである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1610.html)

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