世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
南アフリカの応援を続ける:ラグビーから経済改革へ
(城西国際大学大学院 特任教授)
2019.11.11
ラグビー・ワールドカップが終わった。テスト・マッチ,日本の5試合そして決勝と,2ヶ月の間テレビ観戦を楽しんだ。決勝では応援していた南アフリカがスクラムや守備の強さを活かし,優勢と見られていたイングランドを圧倒し,1995年,2007年に続き,3度目の優勝杯を高く掲げた。試合後のインタビューで,南ア初の黒人キャプテンであるコリシは,人種やバックグランドを越えて(チームは約4割が黒人)一緒になることで力を出せた,そして国には問題が多いがワンチームになれば何でもできると話した。
今年は南ア初の全民族による選挙実施とネルソン・マンデラの大統領就任から25年目に当たる。最大与党のANC(アフリカ民族会議)のリーダーとしてマンデラは,若いときから黒人だけではなく,インド人やカラード,白人の共産主義者などを含む大衆運動を展開し,大統領として人種差別の撤廃を具体的に進める努力をした。
開幕日の夜には「インヴィクタス」がテレビ放映された。1995年のワールドカップの際に,マンデラ大統領が白人選手のなかにただ1人黒人が混じるナショナルチーム(愛称はスプリングボックス(羚羊))を応援し,このチームの奇跡的優勝により国民の一体感が高まったことを扱った映画である。今回,フランスのサイトには,「スプリングボックスの勝利はマンデラの魔術の蘇り」という見出しが出た。
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南ア国民はこの四半世紀,当初は希望に燃えて投票したが,高成長は持続せず,仕事につけない若者が増え,不満を高めている。前のズーマ大統領時代にはコラプションが蔓延し,財政が悪化した。最近はリセッションから抜け出たものの,名目GDPは2010年代始めのピークにまだ及ばず,改革を進めぬ限り中期的な成長率は1%台と見られている。失業率は29%,教育水準が低い若年層では約50%,また白人やエンパワーメント政策により生まれた黒人富裕層とその他の層との間の貧富の格差も広がっている。電力・鉄道などの政府系企業は黒人の経営に移ってからパフォーマンスが悪化し,資金不足による投資停滞も加わり,インフラの質が低下している。改善していた電力事情もこの秋には再び大規模な停電が発生した。低成長と歳入不足に電力公社への財政支援が加わるため財政赤字が拡大し,中期予測では政府債務残高はGDP比70%と警戒ラインを越える。思い切った歳出削減や成長のための大胆な改革が強く求められる所以だが,電力公社などの労働組合は職を失うことを怖れ,改革に強く反対している。野党EFFが鉱山の国有化や農地の補償なし接収を掲げるのに対抗するように,ANCも憲法を改正し土地改革を検討する。また多くのアフリカ,特にナイジェリアからの出稼ぎ労働者が襲われる事態も発生し,海外投資家の南アを見る目は厳しくなっている。
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南ア財務省は8月下旬に「経済戦略ペーパー」について大臣名でパブリック・コメントを求めた。全75ページのペーパーは,経済変容を促し,雇用を増やし,国際競争力を持つ経済を作るために,電力・通信・運輸・水道といったネットワーク産業,小企業などの活動規制,農業とサービス産業,焦点を絞った柔軟な産業・貿易政策,そして輸出競争力促進と地域の成長機会の5分野での改革案を提示している。その実施により10年間では年2.3%ポイントの成長率引き上げと百万人の雇用創出が可能としている。
ペーパーは他国での成功例にも触れつつ,研究論文や各種機関のレポートを引用し,参考文献は13ページに及ぶ。経済開発に関心のある者にとって大いに参考になる。最重点の電力分野では再生可能エネルギー発電の利用に加え,電力公社業務をアンバンドルし,国営送電会社が各種の会社から売電する他,石炭火力発電所や関連の契約義務を売却する案も示している。
かつてANC事務局長を務め,マンデラの信頼が厚かったラマボーザ大統領は昨年2月に就任,国内外での期待を集めている。しかし,すでに1年半がたち,「改革のための時間が少なくなっている」(Economist誌10/19号)。記事は,時間をかけ,関係当事者のコンセンサスを求める大統領に対して改革の速度をあげるよう促している。
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マンデラ大統領の時代には日本は経済支援の面で西側諸国の先頭に立っていた。輸出入銀行(現在のJBIC)は1995年1月に電力公社向けに設備拡張のためのアンタイドローンを供与―発表直後のダボス会議で南アの作家ナデイン・ゴーデマーが日本の素早い支援に謝意を述べていたことを思い出す―,その後も,南部アフリカ開発銀行,運輸公社向け融資がまとまり,合計は700億円に及んだ。思いおこすと90年11月にANC副議長時代にマンデラ一行が来日,輸銀を訪問した際に,「資金環流計画」の枠組みでアジアや中欧などにアンタイドローンを供与しているとの説明を受け,それが時を経て南ア向けに実現した。
ラマポーザ大統領は今年3度来日している。南ア政府に対し大胆な改革を促し,助けるような支援,例えば公債への保証などを日本として考えられないだろうか。南アへの応援を別の形で続けることが期待される。
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