世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2843
世界経済評論IMPACT No.2843

「グローバル・サウス」?

久米五郎太

(前 城西国際大学院 特任教授)

2023.02.06

 「グローバル・サウス(Global South)」や「サウス」というカタカナを最近よく目にする。1月の首相施政方針演説は外交分野で「グローバル・サウスへの関与」を掲げた。岸田首相はそれに先立つワシントンの大学でのスピーチで,対米国と対中国と共に「いわゆるグローバル・サウス」との関係を取り上げ,ASEAN,インドなどとの関係強化について触れている。二年半前にでた斎藤幸平『人新世の「資本論」』でも使われていた。

 この言葉の定義に関して直ちに国会の場などで質問があり,政府は「明確な,定まった定義はなく,一般的には新興国・途上国を指す」という趣旨の回答を行っている。開発途上国が,成長が早く先進国に追いつこうとする国(新興国)と貧困の度合いが高い低所得国(あるいは後発開発途上国),そして中間の国々に大きく分かれ,開発途上国として一括しづらいなかで,「サウス」はこれらの総称に便利な表現だといえる。

 しかし,「南」という言葉は過去に政治的な色彩を帯びていたことが思い出される。第二次大戦後にアジア太平洋,中近東,そして1960年代にはアフリカで多くの国が植民地から独立し,中南米諸国と共に「南」として欧米諸国との経済・社会面での格差是正を求め,先進諸国が貿易面での自由化・優遇や援助拡大の措置を講じてきた。「南北問題」である。南の国々は「第三世界」とも呼ばれ,第三身分が国政への参加を求め,フランス革命を主導したという歴史を想起させたが,自由主義経済でも社会主義経済でもないとの意味合いがあり,冷戦終結とともに使われなくなった。

 東西対立の時代には「非同盟主義」を標榜する国々が数年ごとに首脳会談を開き,旧ユーゴスラビア,インド,インドネシア,エジプト,アルジェリアなどが主導した。1964年の第1回UNCTAD(国連貿易開発会議)の際にこれらの国々を中心に開発途上国からなるG77グループが結成され,中国の支援を受けてきたー現在「G77+中国」グループには130近い国々が属するー。73年にはベトナムからの米軍撤兵,第4次中東戦争,OPECによる原油価格引き上げがあり,翌74年には,南の国々の働きかけで,国連総会で公平な主権や成長を目指す「新国際経済秩序(NIEO)」設立に関し宣言が出された。その後も援助や貿易の分野で南の要求や発言力が強まり,南の国々の立場や関心は「南南協力(south-south cooperation)」や技術協力にも反映されてきた。

 2013年にはUNDPが人間開発報告で「サウス」の名称を用い,その興隆(Rise of the South)に見合った発言力を提言した。16年にはOPECにロシアなどが加わり,OPECプラスとして原油生産面での統制力を強めている。一方,G7を中心とする先進国やIMFや世銀は「サウス」という表現は避けてきたようだが,これまでに重債務国の債務削減を認め,開発途上国への援助の拡大・効率化,貿易の自由化さらには民間企業による直接投資促進などを進めている。新興国をメンバーに加えたG20は国際金融危機を契機に08年からは首脳会議を毎年開くようになった。

 コロナの蔓延,ロシアのウクライナ侵攻,世界経済の減速・不安定化の中で,「サウス」の問題が今また深刻化している。アフリカや南アジアなどの対外債務問題,食料・エネルギーの不足と価格高騰,異常気象による被害,ワクチンの不足であり,貧困層の増大である。G20の今年の議長国インドは1月に「グローバル・サウス」会議を主催し,9月の首脳会談では「サウス」を意識した議論が想定される。議長国は昨年のインドネシア,来年はブラジル,再来年は南アフリカと4年続けて新興国が務めることになる。気候変動分野では「サウス」に押された先進国が過去の成長に伴う炭素排出の責任を実質的に認めるなど,両ブロック間の対立が顕著になっている。11月末開催のCOP28ではUAEの議長のもとで,前回のエジプト会議で設立が決まった「ロス&ダメージ基金」につき具体的な議論・交渉が行われる。また昨年の国連総会ではウクライナに侵攻したロシアを非難する決議に「サウス」の国々が慎重な姿勢を示すなど,「サウス」の行動は再び政治的になってきた。中国を「サウス」として扱うべきかも問われる。

 日本が今年のG7議長国として,そして今後「サウス」の意見を聞き,適切な行動をするには,「サウス」の諸国が持つ多様なポジション,価値観を十分に把握することが重要である。「サウス」の国際的な決定への参加,協調ある行動を促し,後発国向けを中心に支援・援助を拡大し,政府資金に加え民間資金を動員し,開発や脱炭素が進むように国際的な経済システムを変えねばならない。日本の負担が増え,地位が低下するにつれ,「サウス」への関与とは何かが深く問われよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2843.html)

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