世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1402

EU(ユーロ圏)が直面する「構造危機」と「政策危機」:危機と停滞の10年を考える

平田 潤

(桜美林大学院 教授)

2019.07.01

 EU(ユーロ圏)に深刻なダメージをもたらした,ギリシャ債務危機(2009年)とその連鎖(プロシクリカリティ)については,すでに多くの分析/研究が実施されているが,問題の核心は,ギリシャや南欧諸国の経済・金融の脆弱性,財政赤字体質のみならず,①EU(ユーロ圏)経済が抱えている様々な「構造的な要因」と,②危機を間接的に喚起させたEU(ここでEUとは,EU当局及びその政策決定を支持する各国を総称)の「政策による要因」が,複雑に絡み合っている,といえよう。

 そしてギリシャ債務危機から現在まで10年が経過するが,その間EU(ユーロ圏)では,容易に解決できない以下(A〜G)の構造問題・継続課題が山積するに至った。

  • A ユーロ圏では,(a)ギリシャ債務危機によるダメージや負の遺産,(b)財政緊縮路線による内需抑制,(c)ITデジタル革命(AI,IOT)への対応力の差等で,域内成長力/経済格差が拡大しつつある。
  • B 財政の健全性や国債の累積を巡り,域内の不均衡(南北問題)と,対立(財政統合へのスタンスの違い,負担大国側の不満)が定着する中,EUによる効果的な「再配分的政策」が難しい。
  • C 域内外からの高度な人材の移動に比べ,低コスト労働力の流入が大幅に増加する中で,ヒトの移動と社会との調和がうまくいかず,とくにテロ発生等治安面悪化を契機に,主要各国で深刻な不安・社会問題(移民・難民への反発や,雇用摩擦・コミュニティトラブル)が発生・増大し,
  • D 「EUの深化」の方向性が定まらないなかで,EU当局が主導するグローバリズムへの懐疑が高まり,自国第一主義への支持が各国で増しつつあり(伊・仏等でのポピュリズム政党の躍進),
  • E ギリシャ債務危機・英国Brexit問題で,EUの危機管理〔制度・政策〕面での不備が露呈し,英国国民投票や欧州議会選挙では,これまでのEUリーダーシップへの信認低下が鮮明化し,
  • F 社会福祉に対する財政面からの抑制に加え,移民増加により,各国の医療・福祉を巡る給付と負担の公平性の問題や,低成長経済が続く中での雇用・賃金をめぐる不満が鬱積している。
  • G リスボン戦略(2000年)や欧州2020戦略(2010年)で,ハイ・ビジョンとして掲げ,追求したものの,第四次(デジタル)産業革命が加速するなかで,グローバルなデジタル・プラットフォームの構築,ICTのベンチャー・起業化やビジネスでの成果,イノベーションの創出・活用,消費者にとっての利便性拡大,ICT人材育成等の点で,米国・中国にかなり水を空けられている。

 筆者は,これまで経済の「危機管理分析」の枠組みとして,「構造危機」と「政策危機」という座標軸を設定し,様々な経済金融危機の分析のメルクマールとして使用してきた。ここで「構造危機(Crisis to the Structure)」の意味する概念は,各国/地域に生じた「経済・金融の構造(根幹)にまで及んだ危機」を総称する。同時にこれは,各国(地域)の経済・金融の構造にまで達する危機が,「発生/拡大/長期化し,景気循環の中で自律的に解決されずに,深化した状態」でもある。

 上記のA〜Gは,まさにEU(ユーロ圏)が陥った「構造危機」といえよう。

 次に「政策危機(Policy‐Driven Crisis)」とは,「構造危機が発生・進行している中で,各国(或いは国際機関)の初動対応の失敗,政策・処方箋の欠陥や不十分さ,現実経済とのミスマッチ等が,事態を一段と悪化させ,新たな危機段階に至らしめ,危機からの回復でも時間・コストを大幅に増大させてしまう(二次的危機)」事例を指す。

 EUのような人工的な超国家(或いは国家連合)機構については,加盟各国毎に異なる経済実態に対するEU共通政策や指令のミスマッチ,政策自体の独善性,費用対効果の疑義などのリスクを不断にチェックし,フィードバックする必要がある。またEU,或は各国が抱える構造問題や,その悪化・危機化(「構造危機化」)への認識不足や錯誤,対応政策の誤りや無策,合成の誤謬,総論と各論(施策)とのミスマッチ=による「政策危機」の可能性も,潜在的に存在している。

 通貨統合によって,域内金融政策については中央銀行ECBが司令塔となったが,金融機関への監督やプルーデンス政策一元化は不十分であり,ある意味で古典的な金融危機(財政赤字と累積債務危機)であったギリシャ債務危機を,防止・予防するには至らなかったわけである。

 今回,上記のA〜Gという構造危機,すなわちEUに深刻な危機と停滞をもたらしている難題に関連・対応した「背景」として,下記①〜⑦の政策的要因(政策危機)を指摘することができる。

  • ① 通貨統合の歴史的成功(99年)に乗じ,最適通貨圏を逸脱し,経済構造の改革や財政再建に真摯な努力を行っていなかったギリシャを,政治的な思惑(ギリシャがEUに加盟した際も,冷戦構造下での対ソ連圏戦略・安全保障上の見地から,加盟が促進された)から,拙速(2001年)にユーロ圏に組込み(2004年時,EUの経済財務相理事会は,ユーロ導入時でのギリシャ財政データに疑義を呈している),同国のモラルハザードを黙認し,EUの財政規律を弛緩させた。
  • ② 財政規律では,通貨統合後にドイツ・フランスが経済安定協定(財政赤字:GDP比3%以内)に違背した時点でペナルティを課せなかった前例がある。従ってギリシャ危機以降,市場からの信認回復を果たすためとはいえ,経済のデフレ圧力が高いなかで,より厳しいルールを域内各国に求めたことで,需要を大きく抑制し域内経済を下押ししている点への反発は強い(イタリア等)。
  • ③ ユーロの成功で,WIN(ドイツ),WIN(南欧諸国),WIN(EU国民)の図式が成立したが,投資=不動産投資や證券投資(南欧国債等),域内企業買収が主で,南欧諸国の産業の高度化や競争力強化に繋がらなかった=や消費が過熱(ユーフォリア)し,一部でバブル化し,崩壊した。
  • ④(リーマンショックという前例があったにもかかわらず)ギリシャ国債危機が,市場に危機の連鎖を引き起こし,南欧諸国の国債やユーロの信用度が急速に悪化するなかで,危機管理のための支援策(その条件)や,財政緊縮策の実行を巡って対立し,機動的な政策の発動が遅れた。
  • ⑤ EU当局は2000年に,リスボン戦略で,(a)IT革命が導く知識主役型社会の実現,(b)EU産業の競争力を強化し,持続的経済成長の実現,(c)社会的連帯を重視する「欧州社会モデル」の実現,という壮大かつ同時追求が難しい目標を掲げたものの,指導力に欠け中途半端な結果に終わった。
  • ⑥ 一方でEU当局はEUのプレゼンス・ヘゲモニー拡大に邁進し,EUスタンダード(標準化・環境・会計などのルールや域内指令)の確立に腐心したが,同時期ICT革命が加速しつつあったグローバル経済の進化=イノべーショナル・エコノミー時代には,乗り遅れた。
  • ⑦ (政治的な判断を優先した)急速な東方への拡大と,EUの人権主義の発動(移民や難民の受入れや割当て政策)は,トップダウンによる戦略として,EUの政治的・経済的ポジションの拡大には大きく貢献したが,統合の深化の見地からは,時間をかけた融合や協調が必要とされる,国を超えた「人的」な統合や一体化を軽視し,かえって諸問題(ナショナリズムや人種・宗教面そのほかの差別)を刺激した。

 こうした「構造危機」と「政策危機」への正鵠を得た処方箋無しには,EU版「失われた10年」といわれる,「停滞」のステージを脱することは難しいであろう。

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