世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1278

知識の断片化

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2019.02.11

 フェイクも含めてネットで情報が入り乱れる時代になった。事故やイベントの一次情報もほとんど即時にネットにアップされる。情報量が増えることは一見良いように見えるのだが,科学技術分野では,高度化により研究開発内容の深化が促進され専門が極端に細分化されてしまい,ほんの少しテーマが異なると情報の共有化ができないという事態に陥り始めた(金融・経済も同様と思う)。TV等で解説する「有識者・専門家」の俯瞰的理解が欠けている場合が多く,中途半端な説明になる。結果的に科学者と一般人との間のコミュニケーション不足,科学への不信感の高まりという負の効果を生じている。東日本大震災で引き起こされた福島原子力発電所の事故で露呈された,学会,政府,メディア,一般国民の情報ギャップが典型例であり,緊急時,復興時にすべきことが混沌としてしまった。仕切り役の内閣が「解ったフリ」をして全く機能していなかった。

 ジェンナーが種痘を発見して天然痘の予防方法が見つかった事例から,予防接種の重要さを日本人は教わる。さて,多数報道されたオプジーボによるがんの免疫治療を日本人がどれだけ理解しているのだろうか。もし種痘の様によく理解されているなら,盲目的に免疫治療を希望する,あるいは詐欺まがいの治療は起こらないはずである。ところが,いくらNHKがNスペをやっても,免疫チェックポイント阻害という意味を普通の人は殆ど理解できない。番組担当者も判っていないのでCG多彩の画面を作っても視聴者に伝わらない。本質は同一であるにもかかわらず,免疫という言葉からイメージされる内容が両者で全く異なるためである。現在の免疫学研究が非常に高度化したため,オプジーボは発展した知識を知らないと正しく理解咀嚼できない。

 科学の世界で進行している研究分野の縦割り高度専門化に加えて,生半可な断片的知識から生まれる誤謬が話を複雑にしている。科学的には事故発生が予想されていたのだが,伝染病予防のワクチンで接種禍が起こり被害者救済と接種是非・事故ゼロを社会正義として,一時期メディアが騒いだ。結果として「政治的」に強制接種を取りやめた結果,風疹やはしかという昔の病気が再び社会問題化してしまう。接種禍は個人的には悲劇であるが,社会全体から見るとリスクとベネフィットの問題なので,ワクチン接種をした方がより多くの悲劇を防ぐことになる。ワクチン接種反対運動は断片的な情報と情緒を基に主張を行ったために伝染病予防という科学の叡智を歪めてしまった。反対推進団体は釈明に努めているが後の祭りである。

 断片的知識が生む社会的損失の例としてワクチン接種の問題を取り上げたが,より深刻なのは電力の問題である。化石燃料と水力がエネルギー源,タングステン・フィラメント(電球,ブラウン管,真空管)と交流・直流モーターが主な消費であった昔と異なり,多種の再生エネルギーと安定電源を必要とする電子制御と通信施設が無数に存在する現在,検討すべき技術は多岐にわたりそれぞれ専門性が高い。従って,国民を守ることが最重要用課題である政府の行うことは安定電源の確保なのである。地震による北海道のブラックアウトの危険性を未だに理解していない元首相や一部野党は,断片的な情報を総てのようにレトリックを構築することで人々に誤解を与えている。始末におえないのは,使われる個々の断片的情報は正しいが,統合した全体では正しくないことである。インフラとしての電力供給は総合的に国の政策判断になるにもかかわらず,政局や個人の信念で主張され,それが正義であるような状況である。類似のことを日本原子力学会誌「アトモス」2019年1月号で櫻井よしこ氏が指摘している。

 科学技術のイノベーションも同様である。毎日,新しい発見が報道されているが,その中で商業化に結びついたものは殆ど無い。各々の発見はその分野では素晴らしい進歩であるに違いないが,その分野のバリューチェーンの中での位置付けができなければ無駄なものになってしまう。1980年代までは,あちこちの工学部に「名物」教授みたいな人がいて分野横断的に研究開発を産業界に繋げていた。いわば,米国大学のDeanの役割を果たしていたのである。現在の大学や研究所では形式的に産学連携担当部署が設けられるが,その人達が幅広く科学を理解して産業界との付き合いを行っている訳ではなく,単なるサラリーマンである。ひどい場合には,研究開発や管理部門の役に立たない人の救済場所だったりする。往々にして「研究報告」「知財申請」等の報告書類を「整備・推進」することが仕事で,研究開発の邪魔になることばかり増やしていく。果ては,仕事をしているフリの「報告会」開催である。

 イノベーションは既存の技術と新規アイデアの組み合わせが肝なので,情報の断片化を解決する手段が必要がある。無駄な形式的組織を作る代わりに,昭和の時代のように技術を統合する個々人の力を養うために,工学部の学生に便覧一冊覚えさせる教育を復活させる案はいかがか。

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