世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1181
世界経済評論IMPACT No.1181

ジェントリフィケーションと多国籍企業:メトロポリゼーションの3つの帰結

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)

2018.10.15

「解体」と「分散」に向かう世界の大都市

 ミッシェル・ルソール(Michel Lussault)は近著『ハイパー都市空間』のなかで都市の様相がますます違った現象を見せるようになったという。本来,都市のダイナミックな動きは多様な人口をひとつの空間にひとつの市民として集中させることであった。いうなれば都市はジャック・ドンズロ(Jacques Donzelot)のいうようにひとつの「社会」であった。しかし今日,世界の大都市は3つの方向への「解体」と「分散」の現象に見舞われている。それは都心部の富裕化,中間階層の郊外への移動,貧困層地域のゲットー化,この3つの分散化現象である。

ジェントリフィケーションとは何か

 世界の大都市圏に進行するメトロポリゼーションは単なる都市の拡大,延長ではない。それはグローバル経済の動向に密接に繋がっている。都市圏にはヒト,モノ,サービス,資本が集積する。とりわけ,中核都市圏としてのメトロポールは世界の多国籍企業の統括本部を設置させ,優秀で良質な労働力・人材を吸収し,高度なハイテクとインフラを整備してさらに発展を続けている。フランスの国立統計経済研究所(INSEE)も2002年からメトロポール都市圏労働人口を新たな人口統計分類に加味して次のように定義している。企画,研究,知的サービス活動,など戦略的な雇用人口のことである。この考え方は実は2000年に始まったEUのリスボン戦略に取り入れられていたものでもあった。メトロポール都市圏はマイケル・ポーターが「国の競争優位」の中で論じる競争優位の4条件,即ち生産要素,需要条件,支援産業,競争条件の賦存環境の整備された経済空間である。国連によると現在,世界にはこのような人口300万以上のメトロポール都市が150都市ほど存在する。また1000万人以上に膨れ上がった都市をメガポールとも呼ぶようになった。現在のグローバル化の特徴は画一化,均衡,あるいは収斂ではなく,段々と不均衡や格差が日に日に強まっていることである。世界の都市はその機能や役割を巡って激しく競合うようになった。英国の社会学者ル‐ス・グラス(Ruth Glass)がジェントリフィケーション(gentrification)と名付けた都市の富裕化現象が始まったのもこの頃からであった。この富裕化現象とパラレルに進行しているのは,繰り返しになるが,中間階層の郊外への移動を指すペリアーバナイゼーション(periurbanisation)と,貧困層地域のゲットー化であるルレゲーション(relegation)である。

都市を支配する富裕化 「ジェントリフィケーション」現象

 都市の富裕化,すなわちジェントリフィケーションの背景やその発生時期を巡っていくつかの異なった考えがある。一般的には1960〜70年代には労働者階層がサラリーマン階層に取って代わる第3次産業化のプロセスであるとされた。しかし「民衆の都心部からの締め出し」であるとする論議のなかで,世界の都市はそれぞれその富裕化現象は一様ではなく,複合的で経済的,政治的な分析がグローバル化のなかでなされるようになった。それでも,次の2点では共通の理解が形成されていると言ってもよい。➀ホワイトカラーの中間階層が労働者階層の居住者区域において住民として交替する,②労働者階層の都市部における土地や住宅の不動産が新たな中間層の住民の手に渡っていった。

 1990年代以降,都心部に中間階層が次々と到来するようになった。最初の新規開拓者参入層から次第に若い世代のユッピー(yuppy: Young Urban Professional)やボボ(BoBo: Bourgeios Bohéme)と呼ばれる中間所得階層,そして大卒でプチ・ブルジョワの階層が本格的に定住するようになった。しかし最近では時間の系列の段階を追ってこのような階層の交代が起こってくるという見方から,フランスなどではむしろ新旧の住民が相互に行き交う界隈において新たな都市づくりが拡がってきているとする意見もある(Jean-Marc Stebe, Herve Marchal)。広い眼で鳥瞰すると,世界的なメトロポリゼーション・ネットワークへの統合の影響は都心部だけでなく都市全体を覆い尽くしはじめているといえる。ジェントリフィケーション現象は今やグローバル都市競争という名のもとにダイナミックな都市のイメージづくりの重要なツールとさえなった。そこではジェントリフィケーションそのものが,都市のコンセプト,都市の研究開発,消費トレンドなどと一緒に支援の対象とされるようになった。こうして多国籍企業という資本とローカルな都市の政治経済がパートナーシップとして共生することとなったのである。

ニューヨーク 変容著しい都市の産業立地構造

 ジェントリフィケーション現象の内容は,世界の主要なメトロポール都市によって異なっている。グローバル都市とサッセン教授が分類したニューヨーク,ロンドン,東京,そしてパリの4つの都市に焦点を当てて,それに準じた都市してブラッセル,香港,サンフランシスコ,などの状況を以下,観察しながらジェントリフィケーション現象の現代的意味を考えたい。

 まずニューヨーク都市経済圏では,1980年代,黒人の多いマンハッタン北部のハーレムは都市更新事業の実施によって白人も移入するようになった。サウス・ブロンクス地区なども,かつて犯罪の巣窟として知られた典型的なインナーシティであったが同様に再生の動きが始まった。このような動きに拍車に輪をかけたのは,ブルムバーグ前市長の都心部再活性化政策である。市財政の健全化,治安の改善と並んで公園の整備,都市再開発,自転車レーンの拡大などは高い評価を得た。この時期,ついにニューヨーク市の人口は1950年代以来初めて流入が流失を上回るようになった。市内では大規模再開発が行われ,その象徴的な例はハドソンヤード地区で,荒廃していた港湾跡地はビジネス街に一変。この鍵を握ったのは公費を投じた地下鉄の延伸であった。またイースト・リバー沿岸再開発を軸にタイムズ・ズクウェア周辺の街路を広場のように整備し,鉄道の高架線の跡地を「ハイライン」と称して公園化した。ブルックリン・ブリッジ公園をオープンするなど既存のインフラを活用することによって歩行者の空間を拡大した。マンハッタン区域の賃料の高騰によりイースト・リバーを挟んだ東隣のブルックリン区に起業家,芸術家の移住。今や先端IT企業と芸術の拠点になると同時に観光客の受け皿にもなっている。世界都市化によって多国籍企業に勤務するさらに裕福な居住者が転入する「スーパー・ジェントリフィケーション」とまで形容されている。

 ニューヨーク都市圏の経済は従来,ウォール・ストリートを中心とする金融,証券部門が牽引する世界の資本市場の中心地であった。しかしながら2000年のITバブルの崩壊,2008年のリーマン・ショックによる金融危機などによって都市経済はその産業構造を大きく変容させている。金融部門は浮沈が激しく税収も不安定であった。今や都市経済はホテル,レストラン,情報,通信,インターネット,医療,観光などのサービス産業部門が主導している面が大きい。ニューヨーク市も観光関連の外食,情報通信,医療サービスなどを重点産業として位置付けている。とくに観光産業は市の財政基盤確保のためにも,外国観光客の受け入れに力を注ぐようになった。

富裕化に伴う問題山積 格差・混雑・移民・住宅難・環境

 ニューヨーク都市圏について2013年就任したビル・デブラシオ市長が緊急課題とした問題点は,通勤時の電車混雑の深刻化,貧富の格差拡大,移民の待遇改善,公共住宅の確保,環境・温暖化対策である。これらはいずれもメトリポリゼーション現象が単なる富裕化だけでなく,それと並行して深刻化しているメトロポール都市のかかえている課題をいみじくも物語っている。

[参考文献]
  • Guillaume Faburel Les métropoles barbares le passager cladestin 2018
  • Jacques Donzelot La ville à trois vitesse : relégation, périurbanisation, genrification ESPRIT 2004
  • Michel Lussault Hyper-Lieux Seuil 2017
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1181.html)

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