世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1139

「21世紀型帝国主義」と世界

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2018.08.27

 3,4年前,一度だけスリランカ南端のハンバントゥータに行ったことがある。それより前,ある週末,友人たちと車でゴール港まで行った。ゴールは,コロンボから南に100キロ余,スリランカ南西海岸の先端部にあり,海岸沿いに日本とアジア開発銀行の援助で整備された高速道路があって,快適なドライブだった。ゴールは古代からよく知られた港町で,15世紀に明の鄭和も寄港しているし,1505年にはポルトガル人が初めてセイロン島に上陸したのもゴール港だ。こんな歴史に思いを馳せながら,インド洋を眺めて飲むビールは格別だ。

 こんな経験があったので,友人たちと「ハンバントゥータを見に行こう」と話したとき,車で行けないかとコロンボ在住の人たちに訊いたら,ゴールから先は道が悪いので,7,8時間かかるかもしれないとのことだった。仕方がないのでコロンボから飛行機で行くことにした。コロンボの空港に行ったら国際線だという。まあインドのチェンナイからコロンボ経由ハンバントゥータに行くフライトだから,国際線なのかもしれないけど,まるで「ハンバントゥータの空港には国際線も乗り入れてる」と言いたいだけのフライトみたいだった。新しくて立派なハンバントゥータの空港は,「世界で最も空っぽの空港」と揶揄されているらしい(「スリランカ,債務の代償 国有資産狙う中国」『日本経済新聞』,2018年5月2日)。我々のグループはみんなエコノミストだったので,「この空港は経済評価したら絶対にフィージブルじゃない」との印象。コスト・ベネフィットで考えれば,中国の政治的ベネフィットを考慮したプロジェクトの「政治評価」で作られたのだ。

 ドナルドおじさんがこれからどんな政策を採るかは分からない。本人も先のことは何も考えていないんだから,他人が分かるはずがない。一方,中国の政策は分かりやすい。18世紀19世紀の帝国主義的発想に基づいて世界の覇権を握りたいと思っている。あるいは伝統的「中華思想」を世界で実現しようとしているのかもしれない。「21世紀型帝国主義」だ。

 中国のローンは,世界銀行や日本の円借款のように,「環境に配慮しろ」とか,このプロジェクトは経済的にフィージブルか」などとうるさいことは言わない。でも円借款に比べれば金利は高い。勘ぐれば,「経済的にフィージブルじゃない」プロジェクトに貸し付けることこそ本当の目的かも知れない。「返せなくてもいいさ,代わりにこの港,99年間中国に貸してね」と言うのだろう。

 司馬遼太郎が書いているように,幕末の日本でも,フランスが徳川幕府に,イギリスが薩摩藩に,「武器はいくらでも調達できるよ,払いは後で考えよう」と甘い言葉をささやいた。幕府も西郷隆盛も「我々は阿片戦争の歴史を知っている」と応えたという。21世紀のいま,分かっていても貧しい途上国は,背に腹は代えられないのかもしれない。

 トルコ・リラの暴落が他の新興国だけでなく,アメリカや日本にも波及している。昔なら,「パクス・アメリカーナ」の時代なら,一国の経済危機が世界経済全体に波及するのを「偉大な国」アメリカが防いでいた。いまやアメリカがトルコ・リラの暴落の引き金を引いている。世界経済フォーラムなどの国際場裡では,中国はまるで自由貿易の旗手のような演説をする。「スピーチの内容だけ聞いていたらオバマ大統領か」と思ったら習近平だったという見出しまであった。

 バリー・アイケングリーンがインタビューに答えて,「トランプはアメリカの製造業の生産増を企図しているらしいが,『中間財』への課税は最悪の方策だ。比較優位の原理を無視してすべての製品を他国より効率的に作ることが出来ると考えるのはばかげている」と言う(『日本経済新聞』,2018年8月15日)。ドナルドおじさん,比較優位なんて考えたことないと思う。彼の発想は「トランプ商店」から一歩も出ていない。だから貿易赤字は悪で黒字は善なのだ。金を貯めこむことが目的の重商主義者なのだろう。

 「貧すれば鈍する」と言うが,その反対もあるんじゃないだろうか。戦後70年,世界を見渡すと,物質的には豊かになり,曲がりなりにも平和が保たれた。人間は易きにつく動物なので,豊かさも平和も「当たり前」のことと思ってしまう,思いたいのだ。平和は不断の努力なしには維持できない。ヨーロッパの戦争の歴史を振り返れば,普仏戦争があり(日本で言えば明治の初めのことだ),第一次と第二次世界大戦があった。人間は辛いこと哀しいことを忘れることができるから生きていられるのかもしれない。でも戦争の惨禍を忘れて,自分のこと自国のことだけを声高に主張することは,慎まねばならない。政治家もジャーナリストも専門家も歴史を語らねばならない。

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