世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1109

米国の自動車輸入:232条調査の疑問と問題点

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2018.07.09

 ロス商務長官は5月23日,1962年通商拡大法232条(国防条項)に基づき,自動車輸入に関する調査を開始すると発表した。国防条項調査は,2017年4月,トランプ大統領が大統領覚書を発出してロス商務長官に調査を命じた鉄鋼とアルミに続くものである(鉄鋼・アルミに対する国防条項調査については,拙稿「米国国防条項の発動の疑問と問題点」,IMPACT No.1044,4月2日付,を参照されたい)。

 第2弾の国防条項調査と言っても,前回とは異なる点がある。第1に,今回の自動車調査では,大統領覚書など大統領の指令は全く出されていない。ロス長官の発表文には,「今日(5月23日),トランプ大統領との会談後(following a conversation with President),商務長官は1962年通商拡大法232条に基づく調査を開始した」と書かれているだけである。232条は,商務長官による国防条項調査は大統領の指示が前提となるとは規定していない。このため,大統領令などがなくとも問題はないが,鉄鋼・アルミ調査に「味を占めた」とも思える調査開始の安易さが窺われる。

 第2に,ロス長官の発表文に「商務長官はマティス国防長官に書簡を送り,調査の開始を通知した」と書かれている点である。鉄鋼・アルミ調査では,事前に国防長官に調査開始を知らせなかったため,マティス長官が異論を述べていた。今回国防長官に知らせたのは,前回の反省を踏まえたものであろう。しかし,いやしくも国家安全保障に関わる調査を,国家安全保障の要となる国防長官と協議もせずに,大統領と商務長官だけで決めるということに,トランプ政権の特異性がよく表れている。

 自動車輸入(対象はSUV,バン,ライトトラックを含む自動車および自動車部品)が,米国の国家安全保障に対する脅威となっているか,またはその恐れがあるかについての調査は,調査開始日後270日以内に完了する。5月23日から数えて270日目は2019年2月末である。調査の結果,自動車輸入が米国の国家安全保障を脅威にさらし,またはそのおそれがあることが明らかになれば,商務長官は大統領に提出する報告書に,とるべき措置を添付する。大統領は報告書受領後90日以内に報告書に同意するか否かを決定し,同意する場合は,とるべき措置を決定し,15日以内に実施しなければならない。

 回りくどいプロセスだが,これが国家安全保障という喫緊の要事にかかわる232条発動の手続きである。従って,このプロセスによって大統領が自動車輸入を規制するのは,最も遅い場合で2019年の6月中旬となる。昨年,トランプ大統領は鉄鋼・アルミ調査を早期に完了するようロス長官にせっついていたが,結局232条調査はほぼ期限通りに実施された。しかし,輸入規制の発動は2ヵ月も前倒しされた。今回,トランプ大統領は昨年以上に性急である。6月末,トランプ大統領は調査を3〜4週間以内に終え,11月6日の中間選挙投票日前に国防条項による輸入規制が実施されている状態にしたいと述べている。

 EUは米国による鉄鋼・アルミの輸入規制に対して,6月22日,報復措置を実施したが,これに怒ったトランプ大統領は,中間選挙前にEU製自動車に20%の追加関税をかけると息巻いている。3〜4週間というのは270日の10分の1でしかない。こうなると,国防条項調査はトランプ大統領が輸入規制という目的を達成するための方便あるいは口実だと言われても致し方ないことになる。これが,第3の問題点である。

 第4の問題点は,232条の発動要件にある。GATT21条は,「戦時その他の国際関係の緊急時にとる措置」など,締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める措置を,GATT違反の例外として認めている。しかし,GATT21条の規定には,「ある国家が自国の安全保障のために当該産業を温存することを目論み,これを実現するために当該産業の製品と競合する製品の輸入を制限することを明白に認める文言は見当たらない」(松下満雄『国際経済法』第3版,2001年)。

 これに対して,上記のロス長官の発表文は,調査の理由を次のように書いている。「過去20年間に乗用車輸入のシェアは米国内販売の32%から48%に増えた。1990〜2017年に自動車生産の雇用は22%減少したが,米国の自動車購入は記録的水準を続けている。今や米国人の所有する米国内の自動車メーカーが世界の自動車部門の研究開発に占める比率は僅か20%にすぎず,米国の自動車部品メーカーのそれは7%でしかない。自動車製造は長年米国の技術開発の重要な源泉であり続けてきた。本調査は,米国内の自動車および自動車部品生産の衰退が米国内経済の弱体化の脅威となっているか否かを検討するものである」。

 ロス長官の232条調査の理由は,まさしく米国の自動車および自動車部品産業の温存を図ろうとして行われることを意味し,このままではGATT21条違反となりかねない。ライトハイザー通商代表は,鉄鋼・アルミに対する国家安全保障のための輸入制限措置は,「米国法およびWTOルールに照らして,一点の曇りもなく合法的であり,完全に正当である」とし,EU等の対米報復関税は「対抗措置を正当化するために根拠のない法理論をでっちあげたものだ(EU has concocted a groundless legal theory)」と強烈に反論している。果たして,真実はどこにあるのか。結局は,EUなどが訴えたWTOの紛争解決手続きによる判断を待つしかない。

 最後に,最大の疑問は,トランプ大統領が米国自動車企業の強い反対を押し切って,敢えて国防条項を発動し,自動車および自動車部品の輸入制限に踏み切るか否かである。

 商務省は232条調査に対する意見書の提出を求めているが,その締め切り日は,輸入規制に賛成の場合は6月22日(その後29日に延長),反対する場合は7月6日であり,公聴会は7月19,20日の両日ワシントンで午前8時半から午後5時まで開かれる。すでにフォード,GM,フィアット・クライスラーおよびその業界団体である米国自動車政策協議会(AAPC),さらに日本のトヨタ,ドイツのダイムラー,韓国の起亜など米国で自動車を生産している外国メーカーも意見書を提出しているが,一社の例外もなく232条の発動に反対している。日本政府やEU委員会もすでに商務省に反対の意見書を提出している。唯一,232条調査に肯定的なのが全米自動車労組(UAW),全米鉄鋼労組(USW)などである。

 すでに鉄鋼とアルミに対する米国の輸入規制とEU,カナダおよびメキシコによる対米報復関税の発動は,米国の同盟関係に深刻な亀裂を発生させた。自動車規制でさらに亀裂を深めるのか否か。ニューヨーク・タイムズのニール・アーウィン記者が書いているように,関税による短期的なコストは管理可能だとしても,全世界を相手にした貿易戦争の長期的なコストは修復困難である。このことをトランプ大統領はわかっていない。

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