世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1107
世界経済評論IMPACT No.1107

フランスはなぜショックに強いのか?:持続可能なハイブリッド国家

瀬藤澄彦

(パリクラブ日仏経済フォーラム 議長)

2018.07.09

個人消費の内需主導型経済

 フランス経済の耐久力,ばねのある内需主導型モデルこそ私たちはもっと知る必要がある。成長神話から一歩,身を引き,博愛と自立に支えられた持続可能な社会構築をめざすフランスモデルとは何か。フランス経済をマクロの総需要管理システムとミクロの供給面の両サイドから長期トレンドで見ていくと全く別の姿が見えてくる。その衰退論が間違いであり,持続可能で高度なハブリッド国家システムが浮かび上がってくる。

 内需主導型の主役は個人消費と政府消費である。内需緊縮国はフランスの恒常的な輸入需要によってその輸出水準が維持された。これがユーロ危機を救済した。EU委員会もIMFも予測する。対新興国輸出に依存するドイツ経済が低い出生率によって人口減少するのとは対照的に高い出生率にあるフランスの経済規模は2040年代にはドイツを人口でもGDPでも凌駕すると。ドイツのようにGDPの40%以上にも達する外需主導型の経済は海外の輸入需要に従属する不安定な成長モデル。内需主導型モデルは国内需要に支えられ外国に従属しない自立した経済である。

高い出生率

 フランスの出生率の高さの要因は,第1に子供・家族手当といった公的な支援策の高さ,第2に「3歳児神話」の桎梏からいち早く解放された意識革命,第3にそれを社会的に支えるヌヌ(nounou)と呼ばれる民間乳母ベビーシッター制度から始まる託児サービス業や現物給付の普及,第4に社会全体が男女共生を前提に子供を育んでいこうとする「国民的暗黙知」とも言うべきものの存在などである。「3歳児神話」を打破したフランスのモデルは3K(家事・育児・教会)と呼ばれる保守的で人口減少のドイツと好対照をなす

農産物貿易黒字とユニバーサル・バンキング

 経済成長は短期には総需要の水準に左右されるが,先進国では内需が総需要の帰趨に影響を与える。フランスはその内需のなかで最大項目である個人消費が安定している。出生率の高さが消費性向に繋がっている。農産物の貿易収支の一貫した大幅な黒字が経常収支の赤字水準拡大に歯止めをかけている。外的なショックにマクロ経済面で耐性力を与える役割を果たしている。銀行業務と投資業務の分離の面ではむしろ危機に際してその総合金融機関としてフランス型のユニバーサル・バンキングこそが見直されたのではないか。

セイフティ・ネットワークの存在

 経済成長の山と谷の変動が少ないことはリーマン・ショック後の一人当たりの国民所得の伸びを見るとフランスはユーロ経済圏のなかでもっともブレ少ないことが証明される。コーポラティズムも社会の連帯結束力を表すもので,職域別に張り巡らされた全国・州・県にまたがったセイフティ・ネットワークが存在する。失業,医療,年金,労働災害,母性保護,家族手当を中心とした職業別の手厚い福利厚生が網の目のように張り巡らされている。公共財政面では景気自動調整機能を持つ財政システム,失業手当給付の所得安定機能 独立した社会保障特別会計などが注目される。

フランス版労働市場改革

 フランス型モデルは世界一の国民負担率を背景に,①ショック・アブソーバーに相当する景気自動安定装置が幅広く張り巡らされていること,②民間部門の債務水準が低い水準であること,③金融資産や不動産資産のポートフォリオが健全であり,④雇用保護重視の労働政策が雇用者の所得変動を最小限に止めている。フランスのシステムは複雑ではあるがハブリッドであり,高度な現代資本主義の市場の失敗と階層社会の矛盾や格差に対応しようとしているように見える。そのフランスが「フレキシキュリティー」,労働市場の柔軟化という画期的改革に乗り出し,積極的労働市場政策,求職求人制度一元化,シニアと女性の雇用促進,労働時間の短縮,労働市場の柔軟化など進められようとしている。

活況呈する地域経済 新たな産業リーダーの登場

 かつて「砂漠」と揶揄されたような近代化に遅れた地方都市のイメージはない。そこでは都市連合体という広域行政が都市化の実態に合わせて進められている。地域経済の成長は中核拠点都市,メトロポールの発展に顕著に現われていることが耐久力にも貢献している。

 官僚主義的合理的なリーダーが中心の産業エリート階層が,グローバル化の影響のなかで新世代の産業エリート群像に分化されようとしている。①脱官僚派グループも含めた民間実業人グループ等の有力大企業のグローバル・ビジネス・リーダー,②ニュー・ビジネス・サービスのニッチな分野で野心的経営戦略によって急成長するキャピタル・ベンンチャー型の中堅企業経営者グループ,③伝統的な家族資本系列グループの若き相続経営者グループ,④女性経営幹部グループ,⑤急速に脚光を浴び始めた外国人経営者グループである。

改革路線の成果

 3つの画期的な雇用の保証と柔軟性とをうたった画期的な労働改革も修正も実現。

 サルコジ政権時のフィオン当時首相の支援策を大幅に上回る「供給ショック」とまで形容される企業の競争力支援も実行。これにマクロン経済相(当時)の構造改革計画も加わった。2014年を境に2016年にはついに失業率の下降,成長率の回復,消費者心理の改善,など政権前半の経済政策の成果が出始めたと評価される。社会民主主義路線を守りながら大胆すぎるとも社会党内も懸念された改革は改めてフランス経済の耐性力をみせつけた。それは「オランド2」とも評されるマクロン大統領の15分野75政策綱領にも受け継がれている。

フランス型福祉社会と博愛自立の精神

 子供・女性・高齢者の生きがい追求,グルネル協定とCOP21を通じて環境大国を目指すモデルである。このような持続可能な経済社会を支えているのは博愛と自立の精神である。限られた人生の時間のなかで,経済発展の目標は人々が長い寿命を生きてそのなかで健康的で創造的な生活を享受できることである。現代フランスにあっては,子供,女性,高齢者が幸せになっていかない限り,労働力人口の男性のみが優遇されるような状況が修正されていかない限り本当のフランス型福祉国家の社会は到来しない。

環境大国に変身

 私たちはGDP(国民総生産)というイデオロギー神話のなかで暮らしている。それはほとんど無意識にまるで空気のようでさえある。哲学者やエコノミストを中心に,人間重視の福祉の概念を持続可能な経済政策の目標に組むことで,盲目的で自己破壊的な経済成長の罠からを脱出しようという考えが段々と強くなっている。OECDの調査した国際比較でもフランスの福祉の水準はもっとも高い水準にあり,所得格差はジニ係数で見る限り平均値だが,環境,社会的な紐帯関係,医療,職業と私生活の両立,などの面では高い水準にある。

 フランスは21世紀に入り急速に環境大国に変貌。2005年に憲法に環境憲章を盛り込み,前文も修正して環境の権利を人権や社会経済権(労働の権利)と同じ水準に位置付けた。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1107.html)

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