世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1081

パクス・アメリカーナと重商主義

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2018.05.21

 「都市物語ローマ」で塩野七生が「パクス・ロマーナ」について以下のようなことを書いている(『想いの軌跡』新潮文庫,2018年)。「パクス・ロマーナ」の時代,平和で安全で整備された道路網を利用して,多くの異民族も,世界の首都ローマを訪れていた。ペテロもパウロも,キリスト教の教えをユダヤ人の間だけでなく,異民族の間にも広めようと考えた。それが出来たのは,ローマ帝国によって確立した平和と秩序のおかげであった。

 大統領であれ総理大臣であれ「政治家」は,筆者とは「異界に住む生き物」らしい。ドナルドおじさん,「おバカさん」とか「脳足りんのオッタンチン」と言われても,自分は「安定した天才」だと言って憚らない。「ノーベル平和賞などもらって当然」と思っているという悪い冗談もある。ドナルドおじさん,経験がすべて。歴史もマクロ経済も関心なし。「アメリカの財政赤字は大変」と言われたら,「そんなもん簡単さ,倒産させればいいのさ」と応えるのだろうか。

 ドナルドおじさん,「究極のイエスマン大好き」,それは自分の知識や能力に対する自信のなさによるのだろう。まあ,永田町にもいるから,日本人には言われたくないだろうけど。困ったことにドナルドおじさん,政策哲学も信念もない。中身じゃなくてオバマ前政権の決めたことを否定したいだけ。キャンペーン中,「TPPは中国の陰謀」だと言っていたが,中国は入っていない。要は,トランプ商店が儲かったかどうかを考えて70年過ごしてきただけで,世界経済はおろかアメリカ全体のことも考えたことがないのだろう。

 ドナルドおじさんを「タフな交渉人」だという人もいる。でもそれは「ビルの売り買い」だけのことじゃないだろうか。本当かどうか知らないが,商売の交渉をしていて,「自分と組まないか?」と言ったところ,相手に断られ,デスクの上で地団駄踏んで悔しがったとか。普通のビジネスマンじゃないことは確かだろう。

 歴史にまったく関心がないドナルドおじさん,朝鮮戦争はいまも休戦状態だということを最近まで知らなかったらしい。だから,それを何度も何度も言う。2014年が第一次世界大戦100年と教えられて,シンゾウ総理,FTのラックマンに訊かれて言わずもがなのこと言った。

 シンゾウ総理もなかなか。行政に対する信頼を揺るがしていることを謝って,「行政のトップである自分の責任で膿を出し切っていく」といろんな場面で言っている。膿の大元は自分じゃないんだろうか。5月14日の集中審議で,「前川氏ですら,京産大はまだ準備が十分でないという認識の上に加計学園しかなかったということをおっしゃっていた」と答弁したが,前川氏は「首相の発言は事実に反し,きわめて心外だ」と反論している。

 筆者は,自分の常識に自信がある訳じゃないけど,「ちょっとおかしいんじゃないの」ということによく遭遇する。例えば,「モリカケ」問題に関して,シンゾウ総理は議会で「李下に冠を正さず」と答弁している。筆者は70年近く日本人をやっているが,「じっさいスモモをとるつもりが無くても,スモモがなっている下で冠に手をやると,あたかもスモモをとったのではないかと疑われるから,そういうことはしてはいけない」という意味だと思ってきた。もし,筆者の理解が正しいなら,シンゾウ総理は「李下に冠を正した」のだ。

 パクス・アメリカーナの時代が終わりつつあることは誰しも認める所だが,「アメリカを偉大な国にしたい」というドナルド・トランプの「重商主義」的政策が,アメリカの時代の終焉を加速化させている。目先のことだけ考えている政策の例は,アメリカ大使館のイェルサレム移転もそうだ。微妙な中東のバランスなど知ったことか,頭にあるのは秋の中間選挙だけ。にもかかわらず,これからも中東和平にアメリカは関与していくと言っている。ドナルドおじさんの頭の中を覗いてみたい。

 5月15日のFTの社説(Donald Trump’s bizarre U-turn on sanctions against China’s ZTE)はトランプ大統領の通商政策の本質を突いている。トランプは,国際法を平気で踏みにじり,経済に無知な極端な重商主義であるだけではない。それだけなら少なくとも予測可能だろうが,ほとんど行き当たりばったりに政策転換する。過去の中南米の歴史を顧みれば分かるように(おっといけねえ,ドナルドおじさんの頭の中に「歴史」はないんだ),政策の連続性・首尾一貫していることが経済成長に重要なのだ。

 筆者などは人がいいので,「アメリカを再び偉大な国にする」と言うから,パクス・アメリカーナの時代に戻るべく頑張ると言うのかと思ったら,なんのことはない,二国間の貿易収支を均衡させ,アメリカの輸出を増やし,非効率な製造業部門を温存して雇用を守ろうと言うだけの,時代遅れの重商主義に回帰したというだけだったのだ。

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