世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1014
世界経済評論IMPACT No.1014

「在日外資系企業の撤退」について

竹之内秀行

(上智大学経済学部 教授)

2018.02.19

 近年,外資系企業の日本における事業展開は複雑な様相を見せている。日本市場から撤退する動きや研究開発機能や製造機能を海外へ移管する動きが見られる一方で,日本市場で積極的に事業展開を進める動きもみられる。こうした在日外資系企業の動きの複雑さの背後には,日本市場の位置づけの変化があるのかもしれない。

 日本市場は依然として世界第3位のGDPを誇る大きな市場であり,市場規模としてみれば魅力的である。しかし,少子高齢化の進行は将来の市場としての不確実性を示している。また,日本市場のすぐ隣で中国市場が急速に成長を遂げている。そうなれば,欧米企業の目は中国市場へ向かうかもしれない。とはいえ,視点を変えてみれば,中国と日本という2つの大きな市場が東アジアに存在することで東アジア全体が魅力的な市場となっていると捉えることもできる。さらには,中国市場と日本市場の間で,製造機能は中国市場へ設置し研究開発機能は日本市場に設置するというように,機能的な補完関係が成立するかもしれない。

 いずれにしても,外資系企業にとって日本市場の位置づけは変化の中にあり,それにともない在日外資系企業の動きも複雑になっている。そこで,東洋経済新報社の『外資系企業総覧各年版』を用いて,日本市場からの撤退状況について2007年と2012年の2時点で調査を行った(竹之内・齋藤,2015)。

 まず,在日外資系企業の撤退を数の点から見ると,その数は決して多くないことが分かった。2012年における資本金1億円以上の外資系企業は1,223社あり,このうち2012年に撤退した企業数は29社であった。撤退率はわずか2.3%である。また,2007年は資本金1億円以上の外資系企業数は1,442社あり,このうち実際に撤退した企業数は70社であった。撤退率は4.9%である。数多くの外資系企業が撤退している印象があるが,そのようなことは数字上からは言えないのである(注1)。

 続いて,撤退企業の特徴について,撤退企業の国籍と現地化の点から検討した。撤退企業の国籍では,2012年にはアジア企業の撤退が多い上に,2007年と比較しても上昇傾向にあった。このことは,国際経営研究において長く指摘されてきた「距離」面での指摘と異なっている(Ghemawat, 2001)。本来,企業は距離が離れた地域に進出するほど,「外国企業であることの不利(liability of foreignness)」に直面する(Hymer, 1960)。したがって,本国が日本に近いアジア企業が直面する不利は大きくないと考えられるが,今回の調査ではアジア企業の撤退の割合が高く,この示唆と異なっている。

 現地化の程度については,トップマネジメントの国籍に注目したところ,外資系企業の3分の2でマネジメントの現地化が進んでいることが分かった。加えて,現地化を進めていない外資系企業の方が撤退を行っていなかった。つまり,日本法人の社長が外国籍の企業の方が,撤退を行っていないのである。解釈は難しいが,過度に現地化を進めることなく本社との関係を密にすることが,生存へ影響を及ぼしているかもしれない。

 本稿では,『外資系企業総覧各年版』のデータを用いて在日外資系企業の撤退状況について取り上げたが,より精緻な調査を行うことで在日外資系企業の実像を明らかにすることが可能となるだろう。そして最後になるが,日本市場における外資系企業の事業展開へ接近するには,中国市場を始めとするアジア市場という文脈の中で考えることが必要であろう。

[注]
  • (1)撤退企業数については,2012年以降についても調査を行った。その結果は次の通りである。2012年の資本金1億円以上の在日外資系企業数は1,223社にのうち,1年以内に撤退した企業数は30社,2年以内に撤退した企業数は47社であり,5年以内に撤退した企業は112社であった。撤退率でみると,1年以内が2.5%,2年以内が3.8%,5年以内が9.2%である。したがって,5年間の平均をとると1年あたりの撤退率は2%に満たなかった。
[参考文献]
  • Ghemawat, P. (2001) "Distance Still Matters: The Hard Reality of Global Expansion," Harvard Business Review, 79(8): 137-147.
  • Hymer, S. (1960) The international operations of national firms: A study of direct investment, Cambridge, MA: MIT Press.
  • 竹之内秀行・齋藤泰浩(2015)「在日外資系企業の戦略:撤退のケース」『Economic Research Society of Sophia University』第61巻,1-2頁
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1014.html)

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