世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.992

欧州における決済ビジネスの新潮流:Brexitを背景に英国からEUへ清算ポジションの移行が進む

金子寿太郎

((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)

2018.01.15

 16年6月の英国によるEU離脱(Brexit)決定を受け,ロンドンの国際金融センター(シティ)の地位が脅かされている。17年12月のEU首脳会議において,離脱交渉を第二段階に進めることが決定したとはいえ,英国はEU共通市場から離脱する方針を堅持している。在英金融機関の多くは,所謂シングルパスポート制度を活用して,英国で取得した免許に基づきEU全域で活動している。英国が単一市場から離脱する場合,在英金融機関はEU規制の適用を受けない域外国(第三国)の金融機関となる。したがって,原則としてEU内の現地法人で新たに免許を取得しなければ,Brexit後にEUとの取引を行えなくなる蓋然性が高い。

 Brexit発効日の19年3月が迫っているにもかかわらず,シティの将来像が見えてこない状況を踏まえ,在英金融機関はEUへの拠点,人員等の移転準備を本格化させている。17年6月,欧州委員会は,追い打ちをかけるかのように,ユーロ建て取引を扱う第三国の中央清算機関(CCP)のうち特にシステミックに重要なものに対する監督強化(具体的には,EU機関による直接監督もしくはユーロ圏への強制移転)に関する立法提案を公表した。

 欧米の当局や金融機関の間では,英国決済システムがEU市場から締め出されることに伴って,欧州市場での取引コストやグローバルな金融システムへのリスクが増加することへの懸念が高まっている。シティは,英語,英米法,開放性等の強みを背景として,世界で最も評価の高い金融センターであり,デリバティブ,外国為替,海上保険等,多種多様な取引が活発に行われている。その中でも金利スワップはシティにおける取引ウェイトが特に高い。

 早くからCCPの育成・強化に努めてきた英国では,金利スワップなどの清算サービスがシティの中核ビジネスとなっている。金利スワップの清算については,世界全体の9割以上をLCH Ltdというロンドン証券取引所(LSE)傘下の英国CCPが担っている。ユーロ建てに限っても,LCH Ltdはほぼ全ての清算を担っているとされる。圧倒的な市場シェアに裏付けられた流動性の厚みを背景に,ビッドとオファーのスプレッドは他のCCPよりも小さい。日本の金融機関等も,直接的もしくは間接的なかたちで,当該CCPに多数参加している。

 一方,EU側は,金融システムの安定確保の観点から,ユーロ建て金利スワップ取引の大部分を清算する英国CCPがBrexitに伴いEU法の管轄から外れることを強く警戒している。加えて,金利スワップの清算ビジネスは,ユーロ圏の金融市場を振興させる起爆剤になり得るとの考えから,政治的な関心も高まっている。

 これに伴って,金利スワップの清算ビジネスを巡るEUと英国の綱引きが熱を増してきている。現状,ユーロ建て金利スワップの清算が認可されており,かつ,欧州中央銀行の流動性供給の条件である銀行免許を有しているのは,ドイツ取引所傘下のEurexのみである。17年10月,Eurexは,英国CCPからの移行に弾みをつけるべく,Partnership Programという収入の一部を貢献度の高い参加先に還元する特典の募集を開始した。この適用を受けるには,安定的に一定以上の取引を行うこと,ビッドやオファーを積極的に提示することなどを通じて,Eurexの運営に寄与する必要がある。Eurexで早期に大きなポジションを構築した先にとっては,実質的に清算費用を低く抑えられるようになることから,欧米の巨大金融機関を中心に多数の応募があったと報じられている。

 もっとも,金利スワップの場合,ポジションの移行は容易ではない。金利スワップには,実効日までの期間が何年にも及ぶ契約が多い。これらのポジションを満期前に他のCCPに移行しようとすると,個別契約毎に取引相手を組み直す必要が生じ,対応コストが高くなる。無秩序なポジション移行が生じた場合,市場のボラティリティ上昇といった金融システムへのリスクが顕現化する惧れもある。

 こうした状況の下,今後のBrexit交渉を通じて,EU・英国間の新しい経済関係への移行に伴う経過措置の内容(満期前の清算契約の扱いなど)および適用期間(既存契約の残存期間を十分カバーできるか否か)は特にデリケートな問題となっている。LCH Ltdは,上述の欧州委員会による立法提案に対して,ユーロ圏への移転より,EU機関による直接監督の方が受け入れ可能,との立場を明らかにしている。

 国内の低金利等を受けて,日系金融機関は欧州への投資等金融取引を増加させてきた。こうした中,欧州の金融市場,とりわけ決済取引フローは,抜本的に潮目が変わり得る局面にあり,日系金融機関もその影響を免れることはできない。日本としては,これまでの国際的な合意に則り,中立的かつ客観的な立場から,市場の分断が流動性の低下を通じてグローバルな取引コストや金融システムへのリスクを高めることへの懸念を訴えていくべきであろう。

 CCP同士の綱引きが更に過熱した場合,大口の参加先が優遇される反面,中小規模のポジションの先が相対的に不利に扱われ,そうした先にとって清算サービスへのアクセスが実質的に困難になる一種の金融排除が生じる展開も想起し得る。こうした点を踏まえつつ,今後のBrexit交渉のほか,欧州のCCPおよび先行する欧米金融機関の動向,ならびに各種マーケット指標を注視していく必要がある。

 

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