世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
イスラーム金融とデジタル化:包摂的社会を実現するゲームチェンジャー
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2022.03.28
金融分野におけるデジタル化,ひいてはデジタルトランスフォーメーション(DX)の議論が世界的に盛り上がりを見せている。ブロックチェーン・分散型台帳技術,人工知能(AI),ビッグデータなどを活用する形で,様々な金融サービスのイノベーションが市場にもたらされた。具体的には,暗号資産,スマホ(モバイル)送金,クラウドファンディング・ソーシャルレンディングなどである。イスラーム金融についても,送金・小口決済,資産運用等の分野でデジタル化が進みつつある。
イスラーム金融におけるフィンテック市場の規模は,まだ世界全体の1%未満と推計されている。しかし,近年急速に拡大していることから,2025年には同15%に達する見込みである。なお,2020年時点の市場規模を国別でみると,サウジアラビアが最大であり,イラン,UAE,マレーシア,インドネシアがこれに続いている。
イスラーム金融とデジタル化の関係を考察する際のポイントを3点ほど挙げたい。
第一に,イスラーム教徒は,出生率の高さなどを背景として,全体的に年齢が若い。2015年時点の調査によれば,イスラーム教徒の年齢の中央値は24歳と,非イスラーム教徒より8歳低い。このことは,イスラーム金融と新たなテクノロジーの親和性が高い可能性を示唆する。
第二に,イスラーム教徒が多数を占める国(イスラーム教国)には,中東・アフリカ・東南アジアの最貧困国が含まれている。それらの国々では,金融インフラの整備が遅れていることもあって,銀行口座を持つ人口の比率が低いなど,金融サービスへのアクセスが限られている。フィンテックは金融サービスの価格低下により,ムスリム貧困層の金融包摂に繋がり得る。レガシーシステムの重荷がないことは,いわゆるリープフロッグ現象のように,一足飛びに高度な金融商品が浸透するポテンシャルを含意する。
第三に,イスラーム教国の一部では出稼ぎ労働者の受け入れと送り出し双方が活発であるため,安価・迅速・安全なクロスボーダー送金(レミッタンス)サービスなどに対する需要が高い。そうした国々の中にはクロスボーダーでの中銀発行デジタル通貨(CBDC)について検討している国もある。ナイジェリアでは,eナイラというCBDCを導入済みである。
これらのポイントに照らして,イスラーム金融においても,デジタル化による機会や潜在的な恩恵は大きいと思われる。その反面,イスラーム金融のデジタル化を持続的に進展させることは容易ではない。マネーロンダリングへの対策と個人情報の保護のバランス,アルゴリズムの説明可能性,サイバーセキュリティと利便性のバランスなどをどのように確保するか,といったコンベンショナルな(通常の)金融と共通するものに加えて,次のようなイスラーム金融に固有もしくは顕著な課題が考えられるからである。
第一に,関係するリテラシーの向上である。OECDのデータによると,イスラーム教国の一部では,市民の金融リテラシーが十分とは言い難い。これには,経済的な理由に加えて,学校教育を含む社会的な理由,金利(リバー)の忌避といった宗教的な理由,および過疎地が多いなどの地理的な理由が関係している。DXを金融包摂へと繋げる試みが世界的に注目される中,イスラーム金融においても,人々が最新技術を活用できるようにすることが重要なテーマになっていくであろう。
これを実現するためには,金融リテラシーのみならず,ITリテラシーの向上も不可欠である。これらのリテラシーが不十分なまま金融のデジタル化が進めば,消費者やリテール投資家が詐欺等の犯罪にあうリスクを高めるほか,デジタルディバイドのような社会の分断をもたらしかねない。教育を通じて,消費者等を保護するとともに,金融サービスにおけるDXから誰も取り残されないようにすることは,国連SDGs(とりわけ第一および第四の目標)と整合的である。規制・監督当局や金融機関についても,金融・デジタル分野における職員の能力構築・向上が求められる。
第二に,イスラームの教義との関係の整理である。イスラーム法(シャリーア)は,公正や公平の実現等と並んで,包摂的な社会の実現を根源的な目的(マカシド)にしているため,その手段としてのDX自体を否定するものではないと推測される。とはいえ,分散型金融(DeFi),個別のフィンテック商品等に関するシャリーア上の位置付けはまだ明確ではない。取引の安定性を担保するには,ルールの透明性や監督方針の予見可能性が欠かせない。シャリーア上の整理を確立することはイスラームに金融におけるフィンテックの発展にとって急務である。
イスラーム金融における禁忌には,金利以外にも,投機(マイシル)や不確実性(ガラル)の要素等があり,これらはシャリーア不適合(ハラーム)と見做される。また,イスラーム金融は実取引の裏付けを要件とする。これらに鑑みると,ある種の暗号資産価格については,裏付け資産を欠いていることや高いボラティリティがイスラームの教義と整合的と言えるのか,といった疑問が生じる。こうした問題に関する検討を更に深める必要があろう。
基本的な考え方となるのは,コンベンショナルな金融と同様,見た目に惑わされず,同じリスクに対しては同じ法・規制を適用することである。これをイスラーム金融に置き直すと,デジタル化された取引や商品の本質を捉えた上で,適法性を評価するということになる。その際には,シャリーアに則って禁忌を回避する(ネガティブスクリーニング)のみならず,福祉(マスラハ)を実現するために金融デジタル化により生み出される新たな価値を積極的に取り入れる姿勢が欠かせない。
このような課題に対処するには,クロスボーダー取引を活性化させ規模の経済を活かす上でも,イスラーム教国間の規制や監督にかかる連携が鍵となる。イスラーム金融にかかる基準設定主体「イスラーム金融機関会計監査機構」(AAOIFI)は,暗号資産,クラウドファンディングなど一部のフィンテックについて,シャリーアに関する基準を検討している。もっとも,シャリーアの解釈は,個別のイスラーム法学者の自立的な判断に委ねられているため,収斂や調整が難しい。こうした事情も踏まえつつ,各国・地域・金融機関のベストプラクティスを特定し,そこから得られる教訓を広く共有するような協力の仕組みを強化することが望まれる。
*本稿テーマに関連する詳細な論考は,「イスラーム金融のデジタル対応:包摂的社会を実現するゲームチェンジャー」(世界経済評論インパクトプラス No.25)を参照ください。
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