世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.896
世界経済評論IMPACT No.896

石油業界の経営統合:「世界と戦う」ための出発点

橘川武郎

(東京理科大学大学院イノベーション研究科 教授)

2017.08.14

 日本の石油元売業界では経営統合が最終局面を迎えつつあるが,油田をあまり持たず,精製と販売に事業の重点をおく日本の元売各社が等しくベンチマークとみなす石油企業が,アメリカに存在する。バレロ・エナジー(Valero Energy)という会社である。バレロは,精製専業会社だ。上流部門(油田)を保有せず,中流(精製)・下流(販売)部門に特化している。メジャーが手放した製油所を買収するなどして,現在は,アメリカ,カナダ東部,イギリス,オランダ領アルバ(西インド諸島南部)に製油所をもつ。環大西洋での石油トレーディングに強みを発揮し,高い収益性を誇る。

 日本の元売各社は,現在,国内での石油需要の減退に苦しんでいる。しかし,各社が国内だけでなく東南アジアなどに製油所をもち,環太平洋での石油トレーディングに成果をあげれば,バレロのような成長をとげることができる。それが,日本石油産業の成長戦略の要諦であることは,火を見るより明らかである。

 現実に出光興産は,三井化学等と提携して,ベトナムに大規模なニソン製油所を建設中である。また,JXTGも出光興産も,シンガポールにトレーディングの精鋭部隊を送り込んでいる。

 この日本の石油元売会社がめざす成長戦略の成否のカギを握るのは,バレロの場合もそうであるように,本国製油所からの機動的な製品輸出の実現である。そのためには,現時点で十分とは言えない石油製品の輸出向け港湾設備を拡充することが,急務となる。

 経済産業省は,2017年度から適用されるエネルギー供給構造高度化法にもとづく製油所を対象にした第三次告示において,「重質油分解装置の有効活用」に主眼を置く方針を打ち出した。重質油分解装置には,熱分解装置(コーカー)や流動接触分解装置(RFCCやFCC)が含まれる。この重質油分解装置の有効活用に関して,日本の諸製油所のなかで先頭を走るのは,富士石油の袖ケ浦製油所(千葉県)である。

 第三次告示によって富士石油・袖ケ浦製油所がフロントランナーに躍り出た最大の理由は,同製油所がユリカ熱分解装置(ユリカプロセス)を擁するからである。しかし,ここで忘れてはならないことは,第三次告示が重視する重質油分解装置の有効活用を実現するためには,ユリカプロセスのような重質油分解装置を有するだけでなく,そこで生産される製品の販路をきちんと確保する必要があるという点だ。じつは,富士石油・袖ケ浦製油所は,この販路確保という点で,国内の他の製油所にはないユニークな特徴を持っている。それは,輸出設備が充実しているという特徴だ。同製油所の輸出設備の中核をなすのは,12万トン桟橋である。ユリカプロセスと輸出設備の「2本柱」がそろうことによって,富士石油・袖ケ浦製油所は,日本の「ベスト製油所」の地位を獲得することになったと言える。

 日本の元売各社がベンチマークとするバレロのような発展をとげるためには,①環太平洋地域にいくつかの製油所を展開する,②本国である日本において製油所の重質油分解装置と輸出装置を拡充する,③環太平洋地域でのトレーディング業務を強化する,などの施策が求められる。これらの施策が実行に移されれば,閉塞感が漂う日本石油産業においても,成長戦略は現実のものとなる。それは,「世界と戦う態勢を整える」ということであるが,そのための出発点となるのが,今回の元売各社の経営統合である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article896.html)

関連記事

橘川武郎

最新のコラム