世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.824

実践的グローバル・マーケティング

大石芳裕

(明治大学 教授)

2017.04.10

 本年2月末,ミネルヴァ書房より『実践的グローバル・マーケティング』という単著を上梓した。帯には「こうすれば海外事業展開で成功する!」と出版社によって記載されているが,正直に言えば,海外事業展開でそのような「魔法の杖」があるわけではない。ただ,それに続く「生きた事例18から学ぶ」というのは事実であり,そこから海外事業展開で成功するためのヒントを得てもらいたい,という思いで本を構成し,書いている。

 いつの世でも海外市場は不慣れな市場であり,政策変更や為替変動など不確定要素が多い。とりわけ近年は「自国中心主義」が蔓延し,企業の海外事業がますますやりづらくなっている。かつて,J. K. ガルブレイスは『不確実性の時代』という本を書いたが,これは長期的トレンドの中で捉えた「不確実性の時代」であった。これに対し現在は,文字通り「明日のことも分からない不確実性の時代」である。2016年にはイギリスの国民投票でEU離脱派が勝利し(すでにメイ英首相はEU離脱を正式に通知),米国の大統領選でNAFTAやTPPを批判するトランプが勝利した。インドではモディ首相が突然の高額紙幣の廃止を宣言し(私もいくらかの損害を被った),東南アジア諸国でも法令発布・即施行の朝令暮改が続いている。2017年は欧州選挙の年であるが,極右勢力が勝利する可能性もあり,「不確実性の時代」はまだまだ続くことであろう。

 このような中,海外事業に二の足を踏む企業もいるかもしれないが,日本企業にとって海外事業展開は避けられない選択肢である。それは「国内市場が縮小しているから」などといった表層的理由からではない。いまや企業間競争はグローバルに展開されており,世界で勝たなければ生き残ることはできないからである。かつて圧倒的な競争力を誇った日本電子電機産業も,三洋がハイアールの軍門に下り,シャープが鴻海の傘下に入った。東芝も解体の危機にあり,ソニーもパナソニックも昔日の輝きはない。巨大産業で唯一といっていい勝ち残りは四輪と二輪であるが,これも自動化や電気化が進展し,新たな競合が登場し,今後とも安泰とは言えない状況にある。歴史を紐解けば,永遠に勝ち続ける国家・産業はない。四輪・二輪といえども,将来の技術動向や顧客ニーズ動向を見誤れば,一気に競争力を失うであろう。

 今回の本の中でもっとも強調したかったことは,グローバル・マーケティングの市場選択や参入戦略,4Pと呼ばれるマーケティング・プログラムのそれぞれではなく,「経営者の覚悟」である。経営者が世界市場で闘う覚悟を決め,どの方向で勝負するかを定め,そのために必要な理念や哲学を更新し,社内の組織文化を変革し,海外で闘う人々を支援することが,「海外事業展開で成功する」ためには不可欠であることを第1章に書いている。

 先日,ある大手外資系企業をインタビューのため訪問した。インタビュイーは外資系・日系併せて9社で勤務経験のある方であったが,インタビューの内容そのものよりも「日本企業の在り方」についての談話が多くなってしまった。その方は,現在でも専門分野において色々な企業と協業されており,委員会・会合への出席も多い。過去のキャリアや現在の仕事から見て,日本企業に対して大きな危機感を持っておられた。筆者も同じ思いを有していたので,そちらの話題が盛り上がったのだろう。

 不確実性の時代だからこそ,経営者の確固たる信念とリーダーシップが必要である。「実践的グローバル・マーケティング」は経営者の支援なしには実現できないのである。

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