世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
新型コロナと世界経済
(明治大学経営学部 教授)
2020.03.30
米国ジョンズ・ホプキンズ大学のまとめによれば,2020年3月25日午後4時現在,全世界における新型コロナの感染者数は42万3670人,死亡者数は1万8623人で,この24時間だけで,それぞれ4万2049人,2360人増加している。感染者数は検査数や定義によっても変わるので死亡者数の多い順でみると,最大はイタリアで6820人(3/25午後4時現在,以下同),以下,中国(3281人),スペイン(2991人),イラン(1934人),フランス(1102人),米国(801人)となっている。中国を第1波とするパンデミックは欧州が第2波であったが,米国が第3波になりそうである。次いでラテンアメリカやインドなどの南アジア,アフリカなどが追随し,雁行型波及で長期化する可能性が高い。
今回の新型コロナの影響は,石油危機やアジア通貨危機,リーマンショック,あるいは米国の同時多発テロや日本の東日本大震災と比較してより甚大になるだろう。前3者も世界的危機であったが,人や物の移動を制限するものではなかった。後2者は,中国発のSARSや中東発のMERSなどと同様,地域的な危機に留まった。今回は,世界的規模で発生し,かつ人や物の移動を直接に制限し,かつ終息が予想できず長期化する可能性が高い。従来のさまざまな危機以上の影響を世界経済に及ぼすであろう。具体的には供給連鎖の寸断,需要の縮減,企業の倒産,雇用と所得の縮減などである。
もともと米中貿易摩擦に代表される保護主義・自国第一主義の進展で,世界経済は疲弊しつつあった。新型コロナはそれに追い打ちをかけ,多くの企業の息の根を止めるほどになっている。現在は,それに加えて原油価格の大幅低下が火に油を注いでいる。通常,原油価格の低下は消費国にとって有利な材料であるのだが,世界経済の混乱時にさらに混乱の種を蒔いてしまっている。OPECプラスでロシアがサウジアラビアの提案した減産を拒否し収入の確保を狙ったことに対し,サウジアラビアが激怒し大幅な増産に踏み切った。これにはシェール油田の開発で世界一の産油国になりながらOPECプラスにも加わらない米国を抑制する狙いもあった。これでロシアは石油収入が激減し,米国はシェール油田の開発に急ブレーキがかかった。サウジアラビア自身,生産コストは一番低いとはいえ,経済基礎基盤は一番弱く,石油収入減は脱石油を希求する同国の将来を危うくする。
以上のような状況を鑑みると,世界経済における最大の懸念は,これによってグローバル化に反対する勢力が勢いづくことである。「中国が世界の工場となったことで中国発新型コロナが世界の供給連鎖を止めてしまった」,「人の移動というグローバル化がパンデミックを引き起こした」,「自国民を守るためには国境封鎖しかない」,「今後このようなことが起こると想定すると地産地消がベストだ」などのなどの意見が聞こえてくる。確かにかつてとは比較にならないグローバル化の進展が,供給連鎖を寸断し,感染を拡大し,世界経済の危機を増幅している。以前なら中国国内に留まっていたかもしれない感染が,短期間のうちに世界全体に広がったことにはグローバル化の進展が大きく影響している。しかしながら,グローバル化が進展していなければ世界経済がこれほど発展しなかったことも事実である。グローバル化のメリットを無視して,短絡的にグローバル化が危機の原因であるとする説には同意できない。
世界経済においては「競争と協調」が不可欠である。言い換えれば「健全な競争」と「世界的視野に立つ協調」が求められている。「健全な競争」は,各国・地域あるいは企業が競争しながらも単純な弱肉強食に陥らない仕組みが必要である。米国でさえグリード・キャピタリズム(強欲資本主義)への反省が叫ばれつつある中,我々はこれを機に新たな経済の仕組みを構築すべきであろう。「世界的視野に立つ協調」は行きすぎた自国第一主義に陥らず,人類の叡智を結集した未来への展望を開かなければならない。今回の原油価格の急落がWin-Win関係どころかLose-Lose関係をもたらしていることを考えると,SDGsへの取り組みも含め,我々は再度人類の未来を議論すべきであろう。
中国政府は,一時マスクの供給を国内優先にしていたが,「新型コロナを制御した」と宣言して以降,各国へのマスクの供給を強化している。日本に対しても駐日中国大使館が60万枚のマスクを東京都に寄付したり,アリババ集団創業者の馬雲氏も東京都に10万枚を提供したりしている。米中摩擦の中核にいるファーウェイは,日本法人の従業員に対し一人一日一枚のマスクを配布するかたわら,相当数のマスクを日本法人の判断で寄付できるようにしており,感染者が急増した地域やマスク不足が深刻な医療施設,看護施設などに提供している。米国の意向に追随しファーウェイの5G通信機器を排除している日本に対しても,「協調」と「人道的支援」の立場からマスクを提供しているのである。
関連記事
大石芳裕
-
[No.1364 2019.05.20 ]
-
[No.1166 2018.09.24 ]
-
[No.1066 2018.04.30 ]
最新のコラム
-
New! [No.3591 2024.10.14 ]
-
New! [No.3590 2024.10.14 ]
-
New! [No.3589 2024.10.14 ]
-
New! [No.3588 2024.10.14 ]
-
New! [No.3587 2024.10.14 ]