世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1166
世界経済評論IMPACT No.1166

4年ぶりのシリコンバレー調査

大石芳裕

(明治大学 教授)

2018.09.24

 2018年9月6日から9月17日まで米国西海岸を回った。サンフランシスコ,サンノゼ,ロサンゼルスに投宿し,主としてICT企業を学生22名と訪問した。ちょうど4年前の2014年9月,同じようにシリコンバレーのICT企業を訪問している。当時の訪問企業は,Intel,Toshiba America Electronic Components,Satmetrix(中小企業を対象とした顧客経験管理ソフトウェアのプロバイダー),LG Silicon Valley Lab,Google,HPなどであった。今回の訪問企業は,Apple(新本社社屋の隣に作られたVisitor Center),HPE(旧HPの分割でできた企業向けソリューションのHP Enterprise),Microsoft(本社はカリフォルニア州北部のRedmondだがシリコンバレー拠点がある。なお本社へは2015年9月と2018年8月に訪問している),Honda R&D Innovations(最先端技術・スタートアップの探索に特化した企業),Google,WiL(World Innovation Lab:大企業から拠出されたファンドをスタートアップに投資するとともに育成・協業を促す企業),NVIDIA,Nippon Trends Food Service(ラーメンの生麺製造企業)である。最後のNippon Trends Food Serviceを除き,他はICT関連企業である。もっとも,Nippon Trends Food ServiceはICT関連企業との対比においても,米国における日本人の起業という意味でも,大変興味深かった。

 4年前と今回,変わらないことと変わったことがある。変わらないことの代表は,シリコンバレーが相変わらずICT革新の中心地であるということだろう。むしろ,その傾向はますます高まったかもしれない。シリコンバレーにおける「知の集積」は一つのエコシステムを形成しており,そこに多くの資本や人材,知識などが引き寄せられている。ネットワークも極めて重要で,大企業同士,大企業とスタートアップ,スタートアップ同士,事業会社とベンチャーキャピタル,弁護士や公認会計士,知財管理士などの専門家などがシリコンバレーで緊密な関係を築いている。確かに4年前と比べると,カナダ(主としてトロント)やイスラエル,中国,インドなどがイノベーションの拠点として台頭してきているが,シリコンバレーの優位性は未だ失われていない。

 変わったところと言えば,各社ともAIをトップ・プライオリティにおいて注力するようになったことだろうか。AIにおける機械学習は1950年代に提唱された古い技術であるが,さまざまな条件が整わず大きく発展することはなかった。2010年頃からディープラーニングが発展すると,一気にAIブームを迎えた。チェスの名人にAIが勝利したり(1997年),チェスより複雑な将棋(2013〜2017年)や囲碁(2016〜2017年)などでもAIが圧勝したりしたことや,2015年あたりから発売されたスマートスピーカーなどによって一般の関心を集めた。企業レベルでは,かつてはウェブ検索や翻訳,画像認識などの特定分野で活用されていたものの,現在ではそれらに加えて自動運転,医療診断,金融診断,農業支援,スマートシティ,ブロックチェーンなど幅広い分野でAI研究が進んでおり,「○○テック」という用語が多数生まれている。そのAIの研究においてもシリコンバレーが世界をリードしている。

 ちょうどシリコンバレー調査期間中,2018年9月13日付け『日本経済新聞』朝刊の1面に「自動運転の特許競争力,グーグル,トヨタを逆転」の記事が出た。日本経済新聞が特許分析会社のパテント・リザルトに依頼して,2018年7月末における米国における自動運転の特許競争力を調査したものだ。グーグルの自動運転会社ウェイモが2815点でトヨタの2243点を上回り1位になっている。スコアに大きく影響する先端特許報告書「国際サーチリポート」での引用回数は,ウェイモが累計769回とトヨタの1.6倍,3位のGMの2.3倍になる。さらに,ウェイモの2017年の公道走行試験距離は56万kmで日産の同8000kmなどの日本勢と大きな格差がある。さらに,日本勢の特許の大半は自動運転技術水準の「レベル1」で,全体の6割が部分的な自動運転に留まる「レベル2」以下である。一方,米国勢は特許の過半が「レベル3」以上である。『日本経済新聞』は,あくまで米国における自動運転の特許競争力だけに絞ったもので,急速な技術的発展が進む中国などの状況は考慮していない。しかしながら,我々のシリコンバレー調査でもAIにヒト・モノ・カネをかける米国企業の姿は強烈であった。なお,2018年9月19月付け『日本経済新聞』朝刊には,ルノー・日産・三菱自動車がグーグルと提携し,車内情報システムにグーグルの基本ソフト「アンドロイド」を搭載するという記事が出た。「コネクテッドカー」という点でもシリコンバレーの優位性が際立つ。

 変わったことのもう一つは,シリコンバレーの魅力から世界中から優秀な人材が集まって(企業が優秀な人材を集めて),家賃が高騰したことだろうか。以前からシリコンバレーの家賃は高かったのだが,ここ数年で急騰したそうである。現在,シリコンバレーで普通のマンションを借りると,最低でも月40万円はするそうである。当然,それに見合う高給が支払われているのだが(代表的ICT企業の初任給で1500万円,経験ある技術者だと通常の企業の副社長並の給料とのこと),高給取りが増えると他の物価も上がる。シリコンバレーの生活費は極めて高くつく。それだけでなく,世界中から人が集まってくると国籍による集積も起こり,サンノゼ,サンタ・クララ,ミルピタス,クパチーノ,サニーベール,マウンテンビュー,パロ・アルトなどで人口の移動も起こっている。そもそも,優秀な人材は一つの企業に留まっていることは少なく,数年で勤務先を変える。それに伴う移動も人口移動に拍車をかけている。一方で,シリコンバレーで働くことは容易ではなく,技術が日進月歩で進展する場所であるだけに,人材も日進月歩で進展することが求められる。それに対応できなければ,シリコンバレーから去るしかない。高給が保証されなければ,高額な家賃を支払うことができないのだから。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1166.html)

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