世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.629
世界経済評論IMPACT No.629

知能ロボットと国際ビジネス

安室憲一

(大阪商業大学 教授)

2016.04.25

 認知科学の権威ノーム・チョムスキーは人工頭脳が人間の能力を超えるシンギュラリティは「SFの話」に過ぎないと言った。ゴードン・ムーアでさえ懐疑的だった。ところが2016年1月28日,グーグル傘下の英国ベンチャー企業ディープマインド社が開発した「アルファ碁」が韓国のプロ棋士イ・セルド九段に勝った。その後「アルファ碁」が4勝1敗で勝ち越した。この日は後世にシンギュラリティが起きた日として記憶されるかもしれない。これ以降,知能ロボットの能力は加速度的に高まり人間の創造的能力を凌駕するだろう。すでに知能ロボットは自動運転,自動翻訳,文書作成,作曲や絵画制作などでも活躍している。高度な情報処理能力を持ったロボットの出現が21世紀の人間社会を根底から変え,国際ビジネスに計り知れない影響をもたらす。

 第一次産業革命で動力機械が出現し,単純肉体労働に取って代わった。失業した職人や労働者は,1810年代に繊維産業を中心に機械打ち壊し運動,いわゆる「ラッダイト運動」を起こした。次の産業革命でもある種の「打ち壊し運動」が起こるだろう。今度の「打ち壊し」は専門職や知識労働者が起こすかもしれない。

 情報を選別し,記録し,分類し,検索し,文書化することは,人間よりコンピュータの方が優れている。一定のルールに従いルーチンワークが繰り返される仕事状況の下で,最適な意思決定を素早く行う能力はヒトより知能ロボットの方が優れている。複雑な判断業務(例えば医療や介護)でも,一定の制約条件の下で最適解が求められる場合は,感情や主観に左右されない知能ロボットの方が優れているだろう。つまり,医療,介護といった専門職業だけでなく,経済アナリスト,法律事務所,会計事務所,検察,通訳や翻訳業,生産管理のマネジメントさらには科学論文の執筆に至るまで,知能ロボットがこなす時代が来るかもしれない。これらの専門職業は,膨大な専門知識と経験に基づく判断が職務の中核をなす。専門家たちは複雑・高度・爆発的に増殖する専門知識の活用に知能ロボットを利用する。そのうち知能ロボットが専門家に最適なソリューションを進んで提示するようになる。

 知能ロボットは何千万台もネットワークで連結し,一台が学習した知識を瞬時に共有し,極めて短期間で専門知識を進化させる。この学習スピードに人間はついていけない。知能ロボットが提供するサービスの価格は驚くほど安価になる。知能ロボットの設備投資は別として,必要経費は基本的に電気代だけである。ソフトウエアは自動更新され,基本的に無料である(グーグルが無償提供するだろう)。

 自動運転のビークル(EV)と同様,世界中の法務ロボットや会計ロボットがネットワークで繋がり,情報交換する。農業機械の分野でも,グーグルアースとGSPを活用した農業ロボット(EV)が出現するだろう。少子高齢化で労働人口が減少する先進国にとって,知能ロボットの普及は福音である。彼らは文句も言わずヒトに替わり田畑を耕し,漁労に従事し,生産現場で24時間働き,会計事務所や法律事務所で専門知識に基づく判断業務を行い,経済アナリストに替わって投資家のためのリポートを作成する。

 国際ビジネスで問題なのは,知能ロボットが発展途上国の専門職や労働者に取って代わることである。途上国の混雑した道路を安全に走る自動運転EVは地元のタクシードライバーの仕事を奪うだろう。2つの腕と4つのカメラアイを持つ組み立てロボットは委託加工業(EMS)の労働者を排除するだろう。資本の論理から考えれば,24時間電気代だけで働く組み立てロボットは,労働組合によって守られている労働者よりもはるかに有利である。租税と電気代が安い国ならどこでも工場が建てられる。サハラ砂漠に太陽光発電施設を作れば,安価な電力が手に入る。そこに組み立てロボットだけの巨大工場(今日のデータセンターのような)を建てれば価格競争力のある財やサービスの生産が可能になる。こうして,新興国の組み立て加工工場は廃止され,意外な場所に無人工場が作られる。無人工場は先進国の本社によってコントロールされ,途上国の労働者や管理職は解雇される。先進国でも同様の事態が発生する。

 その結果,世界的規模で消費が減退し,経済規模の縮小が起きる。消費の消滅を防ぐために各国政府は「最低所得保証制度」を導入するだろう。一定の年収以下の国民全員に年金のような形で一定額の所得を与える制度である。この財源は「ロボット人頭税」である。ロボットの付加価値(ロボットが生み出す現在価値—その仕事を人間がしていた時に生み出されていた価値)に対して,一定の税率で課税する。知能ロボットに仕事をさせることは合法だが,社会的責任コストがかかる。知能ロボットが活躍すべき場所は,本来人間ができない仕事に限られるべきであろう。例えば,宇宙開発,深海底での作業,紛争地帯での平和維持活動(ロボット兵器),原子力発電設備の廃棄処分などである。ロボットにしかできない業務に使役する場合は非課税である。われわれは,知能ロボットとの共存ルールについて今から準備しなければならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article629.html)

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