世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4012
世界経済評論IMPACT No.4012

中国,少子化対策で全国的な育児支援策を導入

岡本信広

(大東文化大学国際関係学部 教授)

2025.09.29

 中国政府は,深刻化する人口危機に対応するため,全国的な育児支援策を相次いで導入している。これは,これまで地方レベルで試験的に行われてきた政策を中央政府が主導する初めての試みであり,人口減少を食い止め,経済成長と社会の安定への長期的な影響を緩和することを目的としている。

 一つ目が育児手当の導入(Sun 2025)である。2025年1月1日以降に生まれた0歳から3歳までの子ども一人に対し,年間3,600元(約7.5万円)の育児手当を支給する制度が発表された。この手当は,第1子,第2子,第3子に関わらず一律に支給される。

 二つ目が幼稚園の授業料免除である(Wu 2025a)2024年秋から,公立幼稚園に通う最終学年の子どもの授業料を免除する方針が発表された。私立幼稚園に通う子どもにも,公立幼稚園の免除額に基づいた授業料の減額が適用されるという。

 背景には急速な人口減少がある。2024年の中国の人口は3年連続で減少し,前年比139万人減の14億830万人となった(Sun 2025,Wu 2025a)。2024年の出生数は,縁起の良い辰年効果や過去の出産奨励策の遅延効果もあり,2023年の記録的低水準(902万人)からわずかに増加し,954万人となったが(Sun 2025,Wu 2025a),これは1949年の統計開始以来最低の水準である(Sun 2025)。結婚登録者数は2024年に611万組と,2023年から20%も急減しており,今後の出生動向も新たな逆風が吹くことが示唆されている(Sun 2025)。

 中国は相対的に子育て費用が世界でも高い国の一つとされており,2024年版中国生育成本報告(育媧人口研究)によれば,18歳まで育てる平均費用は53万8,000元で,一人当たりGDPの6倍以上に相当するという(Wu 2025a)。

 以上のような背景から,中国政府は家計の養育費,教育費負担を軽減することによって,少子化に対応しようしたのである。

 これらの政策に対する専門家の評価はどうだろうか。肯定的な評価としては,今回の育児手当を「家計への直接給付における大きな節目であり,将来的な財政移転の基礎を築く可能性がある」(Sun 2025)という見方,幼稚園の授業料免除策について「これまでの消費政策の継続と見なすことができる」とし,その効果は不確実であるものの,「正しい方向への一歩」と見られている(Wu 2025a)。これらの措置は「子どもを持つコストをわずかに削減できる」とも指摘されている(Wu 2025a)。そのため,手当の額は控えめながらも,合計特殊出生率(TFR)の低下を食い止める一助となる可能性があるとみる専門家もいる(Wu 2025b)。

 他方,育児手当の金額が少なすぎ,短期的に出生率や家計消費に大きな影響を与えるには至らないという懐疑的な見方もある(Sun 2025)。出生率低下の根本的な原因は,結婚を遅らせる,あるいは結婚を避ける人々の増加にあるとし,補助金だけでは問題解決にはつながらないだろうとする(Wu 2025b)。消費政策としても中国の家計は受け取った手当の大部分を貯蓄に回す傾向があるため,消費の増加はわずかにとどまるとも見られている。

 結論として,短期的な消費刺激策として機能する可能性はあるものの,長期的な出生率回復につながるかどうかについては疑問が残るというところだろう。

[注]
  • Sun, Luna (2025): China launches first national childcare subsidies in bid to tackle demographic crisis, South China Morning Post, 28 July 2025
  • Wu, Xingyi (2025a) :Will a free year of preschool entice parents to procreate? China bids to boost births, South China Morning Post, 6 August 2025
  • Wu, Xingyi (2025b): Why China’s childcare subsidies may benefit poorer regions – and how they stack up in Asia, South China Morning Post, 11 August 2025
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4012.html)

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