世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
イノベーションの比較優位論:文化とアーキテクチャ
(常磐大学 教授)
2026.03.16
現在の日本は多様で複雑な製品を生産・輸出しており,経済複雑性が高く,日本企業はグローバル・バリューチェーンの中で高付加価値な機能,具体的には重要で高度な部品(中間財)の提供を担っており,多くの産業で最終顧客には見えにくい「ジャパン・インサイド」の状態であるが,高度技術におけるグローバル・リーダーとなっており,これは1990年代から現在までの失われた30年ともいわれる長い期間をかけて日本企業が転換してきた結果であるという指摘がある(ウリケ・シェーデ『シン・日本の経営』(渡部典子訳)日経プレミアシリーズ,2024年)。
国の文化は,大きくは「周囲からの同調圧力が強くルールに厳しいタイトな文化」と「同調圧力は弱くルールに厳しくないルーズな文化」に分類でき,タイトな文化は高度な科学的・工学的課題に取り組み,時間のかかる,量子コンピュータ,新素材,代替エネルギー,バイオテクノロジーそしてAI(人工知能)等のディープテック(深い技術)のイノベーションに適合しており,他方,ルーズな文化は単純で素早く実行でき模倣も容易なシャローテック(浅い技術)のイノベーションに適合しているという議論もある(ウリケ・シェーデ『シン・日本の経営』(渡部典子訳)日経プレミアシリーズ,2024年)。
文化とは社会を構成する人によって共有されている行動様式,すなわちルールである。しかし,イノベーションを考える場合には,構成要素間の連結の仕方(インターフェース)の在り方,すなわちルールを作る視点であるアーキテクチャの側面を考慮する必要がある。そこで本稿では,全般的な説明となるが,アーキテクチャの観点を含めて上記の指摘と議論を,ある国に相対的に豊富に資源や能力が存在することによる相性の良さや得意なことを意味する比較優位の視点から概念的に捉え直してみたい。
アーキテクチャには,事後に相互調整(すり合わせ)を行いルールとしてのインターフェースを作る「インテグラル・アーキテクチャ」と事前に相互調整を行いルールとしてのインターフェースを作る「モジュール・アーキテクチャ」がある。インテグラル・アーキテクチャは付加価値を高めやすく,モジュール・アーキテクチャは汎用・コストダウンに向いている。また,ディープテックでは異分野の技術や研究の連携が重要であることから,インテグラル・アーキテクチャが有効であり,シャローテックは非デジタルをデジタルに移行したり,今ある技術を活用するモジュール・アーキテクチャが有効である。
そこで,縦軸を「文化」とし,上をタイト,下をルーズとし,また横軸を「アーキテクチャ」とし,左をインテグラル,右をモジュールとする。例えば日本とアメリカであれば,それぞれの特徴(藤本隆宏『日本のもの造り哲学』日本経済新聞社,2004年;ミシェル・ゲルファンド『ルーズな文化とタイトな文化』(田沢恭子訳)白揚社,2022年)から,大きくは,日本は左上のインテグラル・タイト,アメリカは右下のモジュール・ルーズに位置付けられよう。
日本のようなインテグラル・タイトな国では十分な時間の投入が許容されており,事後的に調整を行い,ディープテックあるいは高付加価値な製品やサービスそして部品に相性が良い。一方,アメリカのようなモジュール・ルーズな国では事前に調整を行い,時間をかけすぎない素早い実行が重視され,シャローテックあるいは汎用的な製品やサービスそして部品に相性が良い。
そして,インテグラル・タイトは技術創造,モジュール・ルーズは市場創造に適しており,モジュール・ルーズはインテグラル・タイトで生まれたものを,標準化し市場の拡大の推進に適しているといえよう。つまり日本は技術の開発に相性が良く,アメリカは開発されたものの市場化に相性が良いということでもある。産業横断的で,国や地域の産学官の様々な主体が相互に競争し協力しながらイノベーションを行うシステムを意味するイノベーション・エコシステムが注目される昨今,「アメリカを真似て我が国も」というだけではなく,上記の特性や違いを踏まえた,日本で開発しアメリカで市場化する,例えば,アメリカ企業に日本のディープテックスタートアップが売却される,あるいは日本で開発したものをアメリカ企業と連携して市場化を目指すというようなエコシステムを拡大する,すなわち国内国外にとらわれずに,特性や違いを活用するグローバルなエコシステムの構築が今後肝要になると考えられる。ただし地政学的リスクが高い場合は,経済安全保障を考慮したものにする必要があるだろう。また,システム(製品)上で標準化がなされた場合の日本は,ジャパン・インサイドが意味するように,インテグラル・タイトなサブシステム(部品)への特化が重要となる。
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