世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国の援助予算の大幅削減と中国の動向:日本のODAはむしろ増額を
(元世界銀行グループMIGA 長官)
2025.10.27
「貧困をなくそう」「飢饉をゼロに」などのSDGsの開発目標については,日本でも理解が深まり,「SDGsへの貢献」は大阪・関西万博の目的のひとつでもあった。
ところが,トランプ2.0となり,米国ではSDGsを全く否定する動きが起っている。米国国際開発庁(USAID)は「無能で腐敗している」と批判され,国務省に統合されるというが事実上廃止され,13000人の職員が解雇された。既契約の即時中止を含む年間約400億ドルの予算の唐突な削減により,アフリカなどの開発食糧支援・保健支援,人道支援は低下し,「2030年までに1400万人の予防可能な死亡が発生する」という(医学誌ランセット)。米国は2021年に,世界1のODA供与国日本に取って代わり,その援助予算は年間約600億ドルで世界のODAの20−25%を占めてきたが,米国のODAは2025年には前年の半分以下になり,2026年度には84%削減する計画という。大幅な援助削減は「何百万人もの生命と生活を危険に晒す」のみならず,「日米開発協力に広範な影響を及ぼし,戦略的空白を発生させ,中国の影響力の拡大をもたらす」と懸念される(「米国の対外援助削減 日米協力に与える影響」日米財団/ピースウィンズ・アメリカ,2025年10月を参照。以下「影響報告」とする」)。
EUでは6月のNATO首脳会議合意により,「2035年までにGDP比で従来の国防費を3.5%,広義の安全保障支出を1.5%とする」とし,ODAはさらに削減される見通である。
一方,中国ではODAは近年増加していないが,2021年にSDGsを支援するグローバル開発構想(GDI)を打上げ,無償援助を増加させている(早稲田大学北野尚宏教授)。国連通常予算分担金も2025−27年に20%(日本6.9%)に増加し,米国の22%に近づいた。
他方,米国はWHOとユネスコからの脱退を通告するなど,国連機関軽視の傾向から,予算や分担金を支払遅延・停止しており,中国の国連機関に対する影響力は着実に増加すると見られる。中国は5月にはWHOに対して5億ドル拠出すると発表している。
また,トランプ2.0となり,近年合意されたIMFの2023年5割増資と,世界銀行グループ国際開発協会(IDA:年間規模約360億ドルの譲許的資金)の2024年増資についても,米国は支払い遅延をさらに長期化させる可能性がある。もっとも,IMFと世界銀行は欧米がトップを占め,中国の影響力は国連機関ほどではない。
それでも,中国は既存の国際開発金融機関において,これまで出資比率の増加や幹部職員の派遣などの面で,プレゼンスを拡大してきた。ところが,2015年には中国主導の国際機関の設立を提唱し,中国の出資シェアが約3割のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設に動いた(融資残高は約9兆円:ADBは22兆円)。ただし,ガバナンスの懸念をよそに,金立群総裁は公正,中立的な運営を行い,大きな足跡を残した。最近では2025年9月に中国の習近平国家主席は上海協力機構(SCO)開発銀行を早期に設立すると表明している。これは米国の関税を柱とする新国際金融秩序に強く反発したものであり,今後グローバルサウスやSCO諸国の結束が無視できない潮流になる可能性がある。
一帯一路(BRI)については,2013年の打ち上げ後の5年間は債務の罠など数多くの批判もあったが,2019年以降,質の高い発展を目指すとし,国際ルール遵守,債務持続性フレームワークを公表し,小さく優れた民生プロジェクトの重視方針も打ち出した。また,中国は従来個別に対応してきた債務救済について,G20の「共通枠組」に参加し,一部の国について,パリクラブの共同議長を勤めている。従って,10年前にあった批判のかなりの部分が改善され,理念と実施の乖離や融資条件の不透明など,未だまだら模様であるにせよ,中国は日本の援助の強みも模倣しており,手強い相手と受け止めるべきであろう。
こうしたなかで,「影響報告」は,米国援助の瓦解により,日本の機関に与える直接的な影響は管理可能かもしれないが,ODAプログラムは一般的に相互補完的に設計されており,「日米協力が最も効果的に機能してきた重要地域において戦略的空白を作り出した」とし,「中国政府が影響力を拡大する余地を広げている」と警鐘を鳴らしている。フィリピンでは「安全でオープンなデジタル・エコシステム開発の米,日,比の3者協力が損なわれた」としている。ガバナンスとデジタル開放性の進展に対する浸食である。日本主導のユニバーサル・ヘルスケアも危機に瀕している。アフリカでは「ロシアが安全保障協力などを利用してサヘル,中央アフリカ,スーダンで存在感を高め」「日本のTICADへの長年のコミットメントが中国やロシアの代替案との競争の激化に直面している」と述べている。
戦後の日本のODAにおいては,長年にわたり贖罪の意識が強く残り,質の高いインフラ,受け入れ国のオーナーシップと環境・社会セーフガードを重視してきた。また,インフラ融資では確実な返済能力も尊重してきたことから受益国に大いに感謝されてきた。この結果,日本に対する信頼は増し,多くの国(190カ国)が日本人にビザなし渡航を認めている。4月のASEAN識者調査でも日本は7年連続で信頼出来る国の1位である(66.8%:EU51.9% ,米47.2%)。これは日本の貴重な財産,ソフトパワーの一部である。
日本のODAは2024年に168億ドルで世界4位,国民所得比は0.39%でOECD/DACで13位である。物価対策として手取りを増やすことを援助より優先すべきとの意見もあろうが,アジアのなかで国力を低下させて日本の繁栄はない。したがって,2026年度のODA予算では,欧米のように削減することなく,むしろ,微増でも増加させるべきである。これは,広義の国家の安全保障につながる。中国の影響力への緩衝と日本への信頼と影響力の維持・向上のためである。また,米国の援助激減により戦略的空白が生じたことから,国際協力を安全保障関連経費としてより広く認定する余地も大きいであろう。
さらに,援助のやり方についても,抜本的にレビューし,より重点的かつ戦略的なアプローチを取り,より少数の地域,国,セクターに集中して資金を投入することも検討すべきであろう。
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