世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
弱い国に強く強い国に弱いトランプ政権:ASEANに対する不平等条約と対中関税引下げ
(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2025.12.08
4月2日に発表された米国の相互関税では,カンボジアが世界全体で2番目に高い49%が課されるなどASEAN各国に高い相互関税が賦された。更に米国は4月5日に一律10%のベースライン関税を追加関税として賦課し,4月2日に発表した相互関税を4月9日に発動した。ところが4月9日に米国の株式,通貨,債券がそろって下落する「トリプル安」が起き,4月10日に相互関税の上乗せ分の90日停止が発表され,7月9日までの停止中に交渉により上乗せ分を決定することになった。ASEAN各国は米国政府と交渉を続け,7月2日にベトナムが20%で合意して以降順次合意に至っており,カンボジア,インドネシア,マレーシア,タイ,フィリピンが19%に引き下げられた(フィリピンは4月2日の17%から20%に引き上げられた後19%となった)。
米国政府が10月26日に発表したファクトシートなどの資料により相互関税交渉の合意の内容が明らかになった。合意内容は多少の差はあるもののほぼ共通しており,ASEAN6か国は次のように自国市場を米国製品に対して開放する措置を導入することで合意している(注1)。まず,①米国産品に対する関税の撤廃(全品目かほぼ全品目),②非関税障壁の撤廃,③迂回輸出に対する規制の強化,④米国企業を対象とするデジタル分野の規制緩和,⑤航空機,農産品,エネルギーなど米国産品の購入,⑥知的財産の保護強化,⑦労働者保護の強化,⑧高いレベルの環境保護,⑨米国の利益を損なうような国とFTAを締結する場合,米国は貿易協定を終了できる(4月2日発表の高率の相互関税に復帰する:マレーシア,フィリピン,カンボジアとの協定がこの規定を含む)などが合意されている。
このうち,非関税障壁の撤廃は,米国の基準や規格の受入れが主な内容になっている。たとえば,米国の安全基準と排出基準を満たした米国車の受入れ,米国食品医薬品局(FDA)の認証と医療機器と医薬品の事前販売承認の受入れ,農産品では米国の規制監督の承認と認証の受入れ,食品と農産品の衛生植物検疫措置の受入れなどである。米国企業を対象とするデジタル分野の規制緩和は,WTOでの電子的送信への恒久的な非関税の支持,デジタルサービス課税や差別的な措置を行わない,通信事業への米国の投資出資制限緩和などが決められている。米国産品の購入では,たとえばタイは飼料用とうもろこし,大豆ミールなど年間26億ドルの輸入,年間54億ドルのLNGなどエネルギー輸入,80機の航空機購入など合計188億ドルの輸入を行う。
合意内容は互恵的なものではなく,米国に対してASEAN側が一方的に市場開放措置を導入するものとなっている。従来の自由貿易協定では双方が関税を撤廃するが,今回の協定では米国は19%あるいは20%という高率の関税を維持しながらASEAN側は関税をほぼ100%撤廃する。規格や基準では普通は相互に相手国の規格・基準を承認(相互承認)するがASEAN側が米国の規格,基準を一方的に受け入れている。デジタル分野では米国企業を対象に規制撤廃や緩和を行う。
途上国に対する差別的な措置は貿易を通じて途上国の発展を促すというGATT・WTOの精神に反していることはいうまでもない(低開発締約国の輸出の障害の軽減・廃止,低開発締約国の輸出について関税及び関税以外の輸入障害の新設・強化をしないなどを規定するGATT37条に違反している)。米国が圧倒的な経済力や市場の大きさなどを背景にASEAN側に大幅な譲歩を求めた米国ファーストの不平等条約である。相互主義や互恵,途上国に対する支援など第2次大戦後の貿易交渉に関する国際ルールを全く無視したものである。米国の政権などによりこれらの貿易協定が改定されることを強く期待するが,当面経済的威圧行為というべき交渉形態が拡大することを防がなくてはならない。
一方,中国に対する第2期トランプ政権の追加関税は現在20%となっている。中国に対する相互関税は34%から125%に引き上げられ,フェンタニル関連の20%の追加関税と合計すると145%となったが,5月12日に115%引下げに米中が合意し30%に低下した。さらに11月にフェンタニル関連の20%関税が10%に引き下げられたため追加関税は30%から20%となっている(注2)。
中国の追加関税20%は,ASEAN5か国に対する19%,ベトナムに対する20%とほぼ同水準である。しかも中国は対米関税の撤廃,非関税措置の撤廃などの対米譲歩を行っていない。中国は相互関税に対して報復関税を発動し,ASEANや日本,韓国などのように貿易交渉で譲歩を行わなかった。米国の安全保障,特に経済安全保障の最大の脅威である中国に対しては甘く,同盟国や友好国を含めアジア各国に対しては無理を通している。この半年の貿易交渉を通じてトランプ政権は弱い国には強いが,強い国には全く弱いことが世界中に明らかにされてしまった。ASEANなどに対するディールは成功したと自負しているようだが,米国に対する信頼は大きく損なわれたといえる。
[注]
- (1)フィリピンはファクトシートや協定文案が公表されていないが,各種報道によると他の5か国と協定の基本的内容は共通していると推察される。
- (2)ただし,第1期トランプ政権時代の最大25%の追加関税は撤廃されておらず,合計すると中国への追加関税は最大45%となる。ピーターソン国際経済研究所によると,2025年11月26日時点の米国の対中平均実行関税率は47.5%である。30%の追加関税率より20%以上高い。
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