世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4095
世界経済評論IMPACT No.4095

容易でない日本経済の成長力促進

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.11.24

供給成長力の三要因全ての寄与度が低下

 下の表は,内閣府月例経済報告のデータから,日本経済の供給能力の伸びを示す潜在GDP成長率を1980年1−3月期から10年ごとの平均値(最後は2020年1−3月期から2025年4−6月期まで)として算出し,労働投入量(労働力人口×労働時間),資本投入量(設備資本ストック),全要素生産性(技術進歩)の三つの要因に分解したものです。1980年代(1980年1−3月期~1990年1−3月期)には年率4%以上であった潜在成長率は,バブル崩壊後大幅に低下し,近年も回復の兆しが見えていません。労働投入量の寄与度はマイナスに転じ,資本投入量の寄与度は大幅に縮小してほぼ0%となりました。全要素生産性の寄与度も低下基調にあります。

  • 日本の潜在GDP成長率の寄与度分解(年率換算,%)
  •        1980年代  1990年代  2000年代  2010年代  20-25年
  • 潜在GDP成長率  4.2    1.8    0.6    0.6    0.3
  • 全要素生産性   1.8    1.0    0.8    0.7    0.5
  • 資本投入量    1.8    1.1    0.2    0.0    0.1
  • 労働投入量    0.6   −0.3   −0.4   −0.1   −0.4

 高齢化が進む中,労働投入量を中長期的に増やすことは困難であり,供給能力の面から経済成長力を高めるには,設備投資によって資本投入量や全要素生産性の寄与度を高めることが必要です。高市政権もそれを目指しているようです。

米国より高い日本の固定投資のGDP比

 日本の非住宅固定投資(民間投資と公共投資の合計)のGDP比は,1994年以降の現行のGDP統計において常に米国より高い水準にあります。2025年4−6月期には日本では22.2%,米国では17.4%でした。非住宅固定投資のうち,現代経済における付加価値の源泉として重視される知的財産への投資のGDP比は,日本では1994年1−3月期の3.7%から2009年1−3月期には5.7%まで上昇しました。しかしその後は伸び悩み,2025年4-6月期には5.8%でした。一方,米国の知的財産投資のGDP比は,1994年1−3月期には4.1%と日本を上回っていたものが2002年に逆転され,2009年1−3月期には5.0%と日本の水準を下回っていました。しかし,2016年には再逆転し,2025年4−6月期には6.8%まで上昇しています。日本経済が成長力を高めるには,設備投資の総量を増やすより,知的財産投資の構成比を高めるなど,投資の質の向上の方が重要なようです。

 ただ,個々の企業で必要な投資は違い,投資の質の向上を政府が促進することは難しい面があります。また,知的財産投資に必要な知識やノウハウを有する人材が足りない企業も多いようです。さらに,投資によって生産性が向上した企業や産業の需要が増えるとは限りません。付加価値の増大につながらなければ,投資の効果は労働などのコストの削減に留まるでしょう。

労働所得と家計消費支出の停滞

 労働コストの削減は企業にとっては増益要因ですが,家計には所得の減退要因となります。雇用者報酬と自営業者の営業余剰,混合所得の合計を家計が労働から得る所得と捉え,それを家計最終消費支出デフレーターで割り引くことで実質化して実質労働所得を算出すると,その値はコロナ禍以降停滞しています。また,それを反映して実質家計最終消費支出の回復も鈍くなっています。両者とも直近値でコロナ禍前のピークに届いていません。一方,配当や利子等の財産所得は大きく増えており,家計最終消費支出デフレーターで割り引いた実質値で2020年1−3月期から2025年4−6月期までに64.2%も増えました。しかし,財産所得は金融資産への再投資に回されて消費支出には結び付きにくいようです。家計最終消費支出を中心にした国内需要が伸びないのであれば,企業が日本国内で設備投資を増やす必要性も低いということになります。

 供給能力の面でも需要面でも,日本経済の中長期的な成長力を促進することは容易ではないでしょう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4095.html)

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