世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米中首脳会談~なぜ習近平は笑ったのか?
(多摩大学 客員教授)
2025.11.24
10月30日,韓国で開催されたAPECサミットにおいて,6年ぶりの米中首脳会談が行われた。場所は釜山の金海国際空港内にある軍事施設「ナレマル」が選ばれた。この施設は,2005年のAPECサミットを機に20億ウオンを投じて建設された床面積約700平米の施設であり,外国の要人が一時的に滞在する施設である。いわばVIPラウンジのようなものだ。竣工から20年が経つこともあって,昨年大規模な改装も行われた。
しかし,米中という超大国の首脳の会見場所として,米側同盟国の軍事施設が使用されるのは極めて異例のことであるし,施設自体そもそも要人のごく一時的な滞在が目的でもあるので,首脳会談の場所としてふさわしくないのではという意見もあったようだ。施設を提供した韓国政府は,「あくまでセキュリティーを重視した結果だ」と説明している。
会談の冒頭,トランプ大統領は,一枚の紙片を習近平国家主席に見せた。公式の席で笑うことが滅多にない習主席は,それを見て噴き出しそうな笑い顔を見せた。同席の王毅外交部長をはじめ随員も笑いを隠さなかった。
メディアは,トランプ大統領が見せた紙片に何が書いてあったかは,明らかでないとしている。熊のプーさんじゃないかとの説もあったが,習主席を揶揄するような漫画はタブーである。気になったので,事情に詳しい北京の友人に微信を通じて尋ねてみた。返信には「别墅(別荘)」と一言。「マール・ア・ラーゴ?」かと問うと,サムアップのスタンプが返ってきた。「畏れ多くも二大超大国の首脳会談が,こんな粗末な場所か。次は,俺の別荘でやろうぜ」といったメッセージではなかったか? 中国側もこの場所には満足していなかったようだ。会談場所に対する両国首脳の不満が一致したわけだ。習国家主席も吹き出すだけでなく,「故宮」とでも書いた紙片を見せれば盛り上がったのではないかと妄想する。
ただ,習近平国家主席の笑いの理由はこれだけではなかったのだろう。米中主脳会談の結果は,米側の関税や輸出規制措置の実施を更に1年間延長するという「休戦」だった。明らかにこの段階では中国側の「勝利」と言える。
今年4月の「解放宣言」の後,米中両国は,ジュネーブ,ロンドン,ストックホルム,マドリード,そしてクアラルンプールとほぼ毎月のように協議を重ねてきた。トランプ大統領は,11月3日までに交渉がまとまらなければ追加関税に加え,中国が製造した船舶の米国寄港に対する手数料徴収や,中国の半導体関連企業に対するエンティティーリストへの追加掲載などを実施するとし中国への圧力を強め,10月30日の首脳会談で約半年にわたる交渉にケリをつけようとした。
一方,中国もトランプ大統領が追加措置を打ち出すたびに,対抗措置を講じてきた。AI向け半導体の自主開発,米国産大豆をはじめとする農産物の輸入手控え,レアアースの輸出規制措置など,米国の痛点を突く措置だった。
AI向け半導体最大手のNVIDIAのジェンスン・フアンCEOは,米中交渉が続く中,今年だけで3度にわたる訪中を行い,中国向け半導体輸出継続の道を探った。一方,中国は,NVIDIAの半導体に代わる自前の半導体開発に成功,それを担ったCAMBRICOMは,売上を昨年第2四半期の約4千万元から今年の第2四半期には約18億元に急拡大させた。フアンCEOは,AI分野において中国が米国を凌駕するのは時間の問題,とまで言うようになった。また,中国政府は,米国産大豆の輸入先をブラジルとアルゼンチンに切り替えたため,輸入量はこの7月ついにゼロになってしまった。さらに,米国大豆農家の苦境を嘲笑うかのように,10月には,輸出源泉税が廃止されたアルゼンチン産大豆を一挙に130万トンまとめ買いするといった挙にもでた。米国産牛肉は豪州産に切り替わったため,輸入量は4月の130万トンから7月には10万トンを割り込むにいたった。さらに,レアアースの輸出規制については,4月に12品目を対象に輸出許可制を取ったが,10月にはこれを17品目に拡大し,精錬品についても許可制を導入した。
これらの中国側の対抗措置を前に,米国側も一旦矛を収める決断に至ったものと考えられる。米中首脳会談の後,11月に入ってから米国は,11月10日から来年11月9日までの1年間,34%の相互関税措置を停止(うち10%は撤廃)すると発表した。但し,20%のフェンタニル関税と10%のベースライン関税措置は維持される。また,通商法301条に基づく中国製貨物船の米国寄港に対する手数料徴収も延期が決まった。半導体関連輸出規制も一部緩和される。一方,中国はまずフェンタニル前駆体の輸出規制措置を11月10日に発動した。前駆体13品目の米国,カナダ,メキシコ向け輸出,および26品目のラオス,ミャンマー,アフガニスタン向け輸出が規制対象となる。また,米国産農産物740品目に対する10~15%の追加関税措置を1年間停止し,米国製品に対する34%の輸入関税のうち24%を1年間停止する。さらに,31社に上る輸出規制対象企業をエンティティーリストから外した。フェンタニル前駆体の輸出規制導入に関しては,早速キャッシュ・バテルFBI長官が11月7日北京に飛び,実施方法を確認したと言われる。これによりフェンタニル関税の一時停止も視野に入ってきた。
米中主脳会談において通商戦争の「休戦」が実現した格好となり,それぞれが「規制と関税」という武器を置き始めた。しかし,これは持続可能なのか? 米中双方も一枚岩ではないようだ。米国の場合,商務省と安全保障委員会がこれに反対したと言われる。中国側も商務部と国家安全部が対米強硬姿勢を崩していないという。休戦が破棄される可能性は完全に否定できない。
休戦期間中になにをやるか? ベッセント財務長官は,休戦期間中に,レアアースのサプライチェーンの再構築を図るとし,国内のマウントパス希土類鉱山の開発促進,オーストラリアでの開発,マレーシアでの精錬など,同盟・友好国を軸にした生産・精錬事業の立ち上げを加速している。米国は2010年「希土類供給技術及び資源転換法」を制定し,レアアースの開発,生産,精錬および加工の体制を整備しようとしたが,一連のサプライチェーンの構築には,最短で6年,平均すれば10年以上かかると言われる。米国の場合,これに加え,環境保護法に基づく審査と許認可取得,そのための膨大な書類作業が加わる。鉱山・地質の専門家も少ないうえ,探査の予算はカナダを下回る。企業も商業ベースでの開発・生産には及び腰と言われる。このため,これまで15年間に亘りレアアースの開発を行ってきたものの,目立った成果は出ていない。米国防総省は今年6月に公表した「防衛産業戦略」において,2027年までにレアアースの自前のサプライチェーンの構築を完了させる目標を設定している。ベッセント財務長官の構想はこれに基づいたものと言えるが,実現性は心許ない。
休戦の終了期限は来年11月9日だが,11月3日には連邦議会,地方議会の選挙が行われる。トランプ政権は,自身の政権,上下院議員すべてが共和党という「トリプルレッド」の状態にあるが,物価高止まりや,関税措置による景気への影響に対する懸念,行政機関の強権的な廃止や人員削減,さらには10月から一か月以上続いた政府機関閉鎖などにより,トランプ政権への支持率は低下しつつある。11月に行われたニューヨーク市長選挙ではトランプ批判の急先鋒でもあるゾーラン・マムダニ氏が圧勝した。ニューヨーク以外の地方首長選挙でも共和党の旗色は良くない。さらに追い打ちをかけるように,下院民主党が,エプスタイン文書の一部を公開し,トランプ氏が児童買春に関わっていたという疑惑も再燃している。
トランプ大統領は,有権者にアピールできるような成果を休戦期間中に実現しなければならない。これを米中関係についてみれば,来年は,トランプ大統領の北京訪問,習近平国家主席の米国訪問があり得る。「休戦」から「和解」,そして米中共存共栄の体制の構築という「協調」のシナリオもひょっとするとあり得るかもしれない。無論,その逆の可能性も否定できないが。
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