世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
高市首相の「台湾有事」発言の波紋
(アトモセンス・ジャパン社 社長)
2025.11.24
台湾有事に関する高市首相の発言
2025年11月7日の衆院予算委員会にて,立憲民主党の岡田克也氏と高市首相の間で「台湾有事」を巡る議論が交わされた。岡田氏が台湾・フィリピン間の海峡封鎖という具体的シナリオへの対応を問うたのに対し,高市首相は「武力の行使を伴うものであれば,存立危機事態になり得る」と答弁した。「存立危機事態」とは安保法制上の用語で,同盟国への攻撃により日本の存立が脅かされる場合,自衛隊の出動が可能となる事態を指す。
この発言に中国政府は激しく反発した。中国の薛剣・駐大阪総領事はSNSで,高市氏に対し「その汚い首は一瞬のちゅうちょもなく斬ってやる」という激越な表現で威嚇した。日本政府はこれに抗議し,自民党内では薛氏を「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として国外退去させるべきだとの強硬論も噴出した。薛氏の投稿は削除されたが,日中間の緊張は続いている。高市氏は11月10日,自身の発言の撤回を拒否し「政府の従来の見解に沿ったもの」と主張しつつも,特定のシナリオへの言及は今後慎むと述べた。これは1996年の台湾海峡危機や,2021年の安倍晋三氏による「台湾有事は日本有事」発言を想起させる動きである。
これまでの台湾を巡る日本と中国との外交関係
国際法上,台湾の帰属はいまだ曖昧な状態にあり,米国も「曖昧戦略」をとっている。かつて日本は台湾を統治したが,これは搾取的な植民地化ではなく,教育やインフラの近代化に尽力したものであり,今も台湾人はその努力に感謝している。1951年のサンフランシスコ平和条約には,国共内戦の影響で中国の代表が招かれなかったため,日本は台湾を「放棄する」としただけで帰属先は明記されなかった。続く1952年の日華平和条約でも,中華民国の実効支配は認めつつ,やはり台湾の最終的な帰属先は明言されていない。この歴史的経緯が現在の複雑な状況の背景にある。
トランプ大統領とコルビー米国防次官の戦略
トランプ米大統領は現在,イラン戦略から「中国包囲網作戦」へとシフトしている。その中心人物はエルブリッジ・コルビー国防次官である。トランプ政権は2025年春頃から,日本とオーストラリアに対し「台湾有事の際は同盟国としての役割を果たせ」と要請し,合同軍事演習を繰り返させてきた。これは,米国が自らの手を汚さず,日豪の資金と戦力で中国を封じ込めようとする意図によるものである。米国は長年のグローバル化により産業が衰退し,実質GDPは縮小,政府債務は38兆ドルに達して財政破綻の領域にある。繁栄しているのはGAFA等のハイテク産業がある一部の州だけで,国民の多くは借金に頼る生活を強いられている。トランプ関税によるインフレも生活苦に拍車をかけている。
借金大国となった米国には戦争をする余裕がない。トランプ大統領は表向き中国との友好を装い,習近平国家主席との会談でも深い対立は避けた。トランプ氏は本音では中国と戦争すれば負ける可能性を危惧しており,かつて習近平氏に対し「太平洋を二分し,西側を中国が統治する」構想すら示唆していた。コルビー次官は「平和保証のための軍事力確保」や「同盟国の利益」という美辞麗句を並べるが,その真意は「中国封じ込めのために日本と豪州が戦え」ということであり,米国自身は中立を保つということに他ならない。高市氏はこの米国の命令を受諾したが,中国との貿易依存度が高いオーストラリアが追随する可能性は低く,日本だけが中国との戦いの矢面に立たされることになる。それは日本が敗北し,中国の属国となる道を意味する。
高市首相のリーダーとしての資質
日本企業にとって中国は重要な生産・販売拠点であり,経済的な結びつきは強い。米国主導の中国包囲網に加担すれば,日本経済は壊滅的な打撃を受ける。さらに中国は世界有数の核保有国であり,そのミサイルは日本に向けられている。にもかかわらず,高市首相は岡田議員の質問に対し,政治的配慮を欠いた答弁を行い,中国を敵に回してしまった。これは高市氏がトランプ氏やコルビー氏の意向を盲目的に受け入れ,米国の国益のために日本人を戦場へ送ろうとしている証左である。自衛隊員の多くは実戦経験がなく,戦争になれば精神的にも破綻するのは目に見えている。
高市氏の内閣運営や政策判断も批判に値する。農業政策では石破前首相の路線を否定し,コメの需給を市場任せにして農家を切り捨てようとしている。産業政策では労働時間の上限撤廃など労働者搾取の方向へ進み,実質賃金の引き上げという本質的な経済再生策を理解していない。財政面では「責任ある積極財政」を掲げつつ,専門家を排除して党員主導の税調を組み,MMT(現代貨幣理論)的な放漫財政を行おうとしている。これは国際的な信用を失墜させ,通貨暴落を招く危険な行為である。すでにスタグフレーションと「高市円安」が国民生活を圧迫している。また,ウクライナ戦争への全面支援を公言してロシアを完全に敵国とし,金融政策では米国のハゲタカファンドを呼び込んで国富を流出させようとしている。さらには非核三原則を見直し,米国の核兵器を日本に配備させようとしているが,借り物の核では抑止力にならない。真の独立国となるには,自前の核武装か,あるいは日米同盟を破棄してでも中露と対等な関係を築く外交が必要である。高市氏は「働きまくる」と精神論を述べるが,自らの頭で国益を考える思考力が欠落しており,トランプ氏に媚びることに終始している。このような人物を首相にしておくことは日本の危機である。
中国共産党国家の素性
中国共産党は,歴史的に米国のディープステートが支援して作らせた組織であり,その本質は世界制覇を目指す集団である。しかし,現在の中国共産党は軍事力による侵略よりも,プロパガンダや経済浸透による「超限戦」で他国を乗っ取る戦略をとっている。台湾経済はすでに中国本土と一体化しており,習近平氏は武力を使わずに台湾を統合するつもりである。そのため,日本側が「台湾有事」と騒ぎ立てることは,中国を無用に刺激するだけであり,習近平氏を激怒させる愚策である。
これからの日本の外交姿勢のあり方
かつてソ連は,米国のレーガン大統領が仕掛けた軍拡競争に巻き込まれ,経済が破綻して崩壊した。現在の中国も同様の道を辿っている。極貧層の拡大,経済失政,党内抗争により,中国共産党組織はいずれ内部から崩壊するであろう。日本は,徳川家康のように「待つ」戦略をとるべきである。トランプ氏が仕掛ける中国包囲網や弱体化作戦に,日本が手先として使われてはならない。高市首相のように米国の意向を嬉々として実行し,「台湾有事」を煽ることは,中国に攻撃の口実を与える自殺行為である。小泉進次郎氏や河野太郎氏など,ワシントンのCSISなどで訓練された政治家は,米国の利益のために動く「国賊」と言わざるを得ない。日本はこうした米国の罠にはまってはならない。
今後の日本外交に必要なのは,ロシア,中国,北朝鮮,イランといった国々と,話し合いができる太いパイプを持つことである。かつて安倍晋三氏が行ったような,敵対しうる国とも対話する外交が求められている。インドのモディ首相のように,どの国とも是々非々で付き合う「中立主義」こそが,これからの指針となるべきだ。そして何より最優先すべきは,疲弊した日本経済を立て直し,貧困層を救い上げて「豊かな中間層」を復活させることである。国民が豊かになれば,経済社会は発展する。高市首相は外に敵を作るのではなく,足元の国民生活を豊かにする政策に真面目に取り組むべきである。「君子の交わりは淡きこと水の如し」という言葉を胸に,賢明な外交と内政への転換が急務である。
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