世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4066
世界経済評論IMPACT No.4066

研究者とコピペそしてAI:創造性は進化するのか,それとも退化か?

紀国正典

(高知大学 名誉教授)

2025.11.10

 Zoomのおかげで,自宅に居ながらにして,いろんな研究会に参加することができ,多くの研究報告を聞くことができるようになり,とてもうれしいことになった。地方大学に在籍していたので,研究旅費も雀の涙ほどしかなく,学会や研究会への参加は大幅に制限されていた。ようやく旅費を工面できて,参加できた学会報告が自分には有益でなく,それからは足が遠のくようになった。コストと利益が見合わないのである。

 Zoomの登場は,このようなコストを大幅に削減させ,気軽にいろんな研究会をのぞき,さまざまな研究成果を自由に聞くことができるようになった。いろんな分野の研究者の報告は実に刺激的であり,自分の視野や課題意識を広げることができ,大いに研究意欲を刺激された。

 ところが,である。Zoomを利用して気づいたことで,また,とても驚いたことは,研究者によるコピペの多用・乱用が実に多いことであった。

 大学教員であった時には,学生の卒論指導にあたって,コピペはしないように,そしてそれをしたとしても出所を明らかにするように指導してきた。教員会議でもコピペについてどう対策を講じればよいのか議論を重ねてきたことを覚えている。

 しかしながら,研究者の方が,はるかにコピペを多用しているのであった。もちろん出所と引用先はしっかり示しているので,研究者としてのモラルと規範(コンプライアンス)には抵触していない。しかしどこかの専門家が作成したであろう図表を,次から次へと紹介するだけの研究報告が多いことに,驚かされた。

 確かにインターネットでキーワード検索をし,そこで紹介されていた図表などをコピペで貼り付ければ,専門的な研究報告の形が簡単に整うのである。あとは適当に後付で,それらしい論理を組み立てれば,研究報告は完成である。実に楽になったものである。

 実際に,インターネット検索は,あるテーマに関して既存の研究成果を容易にまとめて入手できるので,実に便利なものである。これがなければ,芋づる式に,引用文献をたどって,あれやこれやと時間をかけて文献に目を通し,文献調査の範囲を広げていかなければならない。これが実に時間がかかり,やっかいな作業なのである。わたしは今でもこの方法での文献調査をしているが,これだと重要な研究文献が次から次へと現れてくるので,その膨大な研究成果を前にして,これで自分の研究をまとめられるのだろうかと不安に思い,途方にくれることが多い。

 しかし果たして,このように便利であるインターネット検索とコピペ手法に安易に依存することが多くなってしまったとき,それで研究の創造的発展が進むのだろうかと,大いに疑問をもってしまった。前述した教員会議での学生のコピペ対策の議論で問題になったことは,出所の明記の問題だけでなく,それに安易に依存して学生の創造的な学習が進むのだろうかということも議論になったのである。このことは当然に,学生だけでなく,研究者にとってもいえることなのである。

 もちろん,それを利用する研究者が,自分独自の方法や視点を明確にもっており,それを創造的に発展させるための一つの手法として,あるいは一つの手段として,コピペを利用しただけのことなら,問題はないであろう。しかしそれがあいまいなまま,安易にネット検索とコピペに依存するようになれば,あるいはそれに慣れっこになってしまえば,いつのまにか,自分独自の視点や方法を探求することを忘れてしまい,自分の進むべき道筋を見失ってしまう恐れがあるかもしれないのである。そうだとすると,ネット検索とコピペは,研究の創造的発展にとって,有害なものになるであろうことは確実である。

 さらにここにAIも登場した。AIこそ,広大で精密なコピペそのものである。「人工知能」とか「機械学習」とかいってもてはやされているが,膨大な既存の蓄積データを使い,それらを検索して組み合わせた「壮大なコピペ」であることに変わりはない。あるキーワードやテーマを入力すれば,それに関する膨大な研究成果をそろえてくれる。これからこのAIを使った,あるいはそれに依存した研究報告や研究成果が増えるかもしれない。この場合にも果たして,研究の創造的な発展に役立つのだろうか,疑問を感じている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4066.html)

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