世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3937
世界経済評論IMPACT No.3937

ドイツでは投機資本家(インフレ成金)を産んだ:アベノミクスのリフレ論(インフレ景気論)の大嘘

紀国正典

(高知大学 名誉教授)

2025.08.11

 アベノミクスの「リフレ論」は,2%の物価騰貴を起こせば,景気を浮揚させて,デフレから脱却でき,国民生活を豊かにできると主張する「インフレ景気論」であった。

 しかしこれは大嘘であり,インフレーションは,程度はどうであれ,「不当な富の再分配」を見えないところで不公平に強行し,一方では,インフレによって生活に困窮する人々を発生させ,他方では,産業資本家と投機資本家そして政府を大儲けさせるのである。第1次世界大戦後のハイパー・インフレに苦しんだドイツでは,このことが顕著に表れた。産業資本家が,労働者からのインフレ収奪によって儲けたことは前々コラムで述べたが,さらに彼らは,銀行資本(金融資本家)からの借入収奪によっても大儲けしたのである。

 なぜなら,事業経営のためにいくら多くを借入れしても,インフレによってその実質価値が下落していくので,その返済時にはまるでただ(無償)同然のものになったからである。1918年以前における長期借入金は,インフレによってすべて消え去った。だから彼らは事業経営を拡大していくのにも,自己資金は使わず,もっぱら銀行からの借入れに頼ったのである。こうして,借金すること,常により多く借金すること,大借金することが,事業拡大と致富の基本原則となったのである。

 銀行はこれによって食い潰され,この犠牲で倒産した銀行にはパルマヤ銀行連合やプファルツ銀行などを含め多くある。これによってベルリン7大銀行の資本金は,1924年には,1913年と比較して70.2%も減ってしまい,準備金は60.9%も減少したのであった。

 大銀行は,これまでは生産の集積と集中(巨大会社連合)を形成する主役だったが,この地位から退かされた。これに代わる主役として登場したのが,投機資本家(インフレ成金)達であった。その代表格がインフレ成金王として有名になったスチンネスである。

 これまでのドイツの伝統的な巨大会社連合は,重要な技術発明から財をなしたクルップ,ジーメンス,新経営方法を創設したラテナウなどのように,生産設備を改良し,銀行,工業などの商業組織を整備するなどして,ドイツの繁栄に貢献した富の生産者でもあった。

 しかしインフレ期の巨大会社連合は,巧みな投機や投機的買占めによって形成されたものであった。投機資本家たちは,インフレによって生まれた様々な利得機会を利用して,次から次へと,元の事業と無関係なものまで買い占めたのである。スチンネスの巨大会社連合には,石炭,石油,鉄鋼,機械工業,電気事業,造船,山林,製紙,銀行,保険,陸運・海運,商事会社,新聞,ホテルまでもが含まれていた。

 こうしてドイツ経済の新しい指導者たちは,インフレが生みだした破壊力から彼らの権力を獲得し,社会全体の繁栄の増大からではなく,一般民衆の窮乏化によって富裕となったのである。だからインフレが終息すると,わずか数年で崩壊してしまった。

 インフレによって大儲けしたのは,投機業者だけではない。膨大な公債を発行してきたドイツ政府もそうであった。これまで発行してきた公債がインフレによって紙くずになり,巨額の債務者利益を手にしたからである。1919年度の公債利子負担は,歳出総額の57%も占めたが,1924年度には歳出のわずか3%にまで減ったのである。

 インフレが破壊したのは人間の生存,労働者の権利,文化的生活,道徳心ばかりではない。それは社会民主主義を発展させたワイマール共和国をも,崩壊させてしまった。産業資本家や大地主たちはインフレによって得た資金を共和国打倒に使った。インフレによって生活基盤を奪われた小資本家,金利生活者,政府官吏の多くが,ヒットラーのナチ党を支持するようになった。謀略により政権を得たヒットラーは,インフレによって肥大化した重化学工業を軍事産業に転用し,ポーランドへ電撃的に軍事侵攻した。こうして悲惨な第2次世界大戦が勃発した。ヒットラーの育て親は,インフレーションだったのである。

 (詳しくは,紀国正典「第1次世界大戦ドイツのハイパー・インフレーション(2)―インフレーションがもたらした経済的・社会的な作用と結果の検証―」(プレ・プリント論文ダウンロードのご案内),2023年8月,金融の公共性研究所サイト:紀国セルフ・アーカイブ「公共性研究」ページ(Jxivリンク)からダウンロードできる(当時のドイツの暮らしの実写画像を添付)。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3937.html)

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