世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ドイツの民衆はインフレによる貧困に苦しんだ:アベノミクスのリフレ論(インフレ景気論)の大嘘
(高知大学 名誉教授)
2025.05.05
アベノミクスの「リフレ論」は,2%の物価騰貴を起こせば,景気を浮揚させて,デフレから脱却でき,国民生活を豊かにできると主張する「インフレ景気論」であった。
しかし,2%も物価が騰貴するということは,実質収入率そして実質賃金率が,2%下落するということである。つまりそれだけ労働者,国民は貧しくなり,生活は苦しくなるはずである。だからこれは大嘘だったのである。
インフレーションは,どの時代の,どこの国においても,その程度は様々であれ,「不当な富の再分配」を引き起こす。それは一方では,インフレによって大損して生活に困窮する人々が発生するが,他方ではこれによって大儲けして経済や政治を支配できる人々が現れるのである。大損する人々は労働者階級と中産階級そしてその他多くの固定収入生活者などである。大儲けする人々は,産業資本家と投機資本家そして債務者利益を手にする政府である。インフレは,階級間・階層間の不公平で収奪的な富の再分配と貧困化を,そして政府による収奪を,見えないところで強行するのである。
第1次世界大戦後のハイパー・インフレーションに苦しんだドイツでの全般的貧困化は,実にひどく,悲惨な状況であった。
ドイツ復興を支援したドーズ委員会の場で,労働者代表は,「彼らにとって何が一番必要か?」との質問に対して,「安定した貨幣である」と答えた。困ったときに貯えたり,出産のときに医者や看護師に支払ったり,あるいは老後や葬儀の費用に備える貯金の手段がなかったからだ,と語った。その日の賃金で必要な食料品を買えるかどうかが大問題で,賃金をもらうとすぐに,妻がそれをもってパンを買うためにマラソン競走をしたという。
中産階級はもっと悲惨であった。彼らは利子・家賃・地代などを収入源とする小資本家,官公吏(公務員)・銀行員・会社員のような俸給生活者,研究者・医師・芸術家などの専門職階級,年金・恩給・保険受領者などの固定収入生活者であり,その収入源がインフレによってまったく絶たれてしまい,ひどい困窮状況におちいったのである。彼らは,「ヨーロッパの新貧民」と呼ばれるまでになってしまった。
全般的貧困化は,次のような症状に現れた。子どもの健康状態の悪化(体重の不足,肺結核およびくる病のまん延)と死亡の増大,肺結核による死亡の顕著な増大,衣服の不足,栄養水準の低下(穀類・肉類・バター・ミルク・卵などの消費量の減退,牛・豚・羊などの良質の肉の消費の減退,馬肉・犬肉などの消費の増大,悪質代用食料品の出現,例えば小麦の代わりにライ麦,天然バターの代わりの人造バターや劣悪な脂,コーヒーの代わりの各種の代用品など),住宅の劣悪化,婦人の過重労働,以前のドイツに見られなかった挫創や壊血病の出現,生活必需品の欠乏による自殺者の増加,栄養不良からの死亡増加,葬式費用を払えないため紙製棺を用いた慈善葬式の増加など,である。
これらの貧困化がもたらす最悪の結末は,子どもの死亡率の増大および成人の死亡率の増加による人口減少であり,これが当時の人口統計にはっきりと現れている。
公娼と私娼は増加した。中産階級は生活維持のために家財道具・美術工芸品・じゅうたんなどを売り払い,それを仲介する古物商人が増えた。
貧困化は,物質および金銭関係を中心とした経済犯罪を増加させた。1923年には,窃盗,横領,収賄などの財産がらみの犯罪が最大に達した。
貨幣価値が減価していくインフレが,貯蓄することは危険で,浪費することが利益になると教えたので,これまでドイツの経済発展を支えてきたドイツ人の勤勉さと貯蓄心がなくなり,賭博,富くじなどの投機が盛んになり,それで得た儲けを遊びや娯楽そして享楽に使うようになった。路上賭博業や路上飲食業そしてレビューなどの娯楽産業が繁盛した。
(詳しくは,紀国正典「第1次世界大戦ドイツのハイパー・インフレーション(2)―インフレーションがもたらした経済的・社会的な作用と結果の検証―」(プレ・プリント論文ダウンロードのご案内),2023年8月,金融の公共性研究所サイト:紀国セルフ・アーカイブ「公共性研究」ページ(Jxivリンク)からダウンロードできる(当時のドイツの暮らしの実写画像を添付)。
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