世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
カンボジア・タイ首相間の共同宣言:ASEANとトランプ米大統領
(元亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2025.11.03
9月以降,トランプ米大統領立ち会いの下,ASEAN首脳会議の関連行事として行われるカンボジアとタイとの間の合意文書の署名式に向けて,3種類の会合が開催された。
第1に,カンボジアのプラック・ソコン副首相兼外務国際協力大臣とタイのシーハサック外務大臣,マレーシア,アメリカの各代表が参加したマレーシア主催の4か国会合が9月26日にニューヨークで,10月12~13日と17日にマレーシアで開催された。9月の会合の段階で,トランプのマレーシア訪問が議論されていたと思われる。10月17日の会合では,カンボジアとタイは合意文書の内容について双方確認したが,この段階では,具体的な内容は公表されていない。17日の会合後,シーハサック外相は,「カンボジアは共同宣言のためのタイの前提条件を満たさなければならない。カンボジアが前提条件を受け入れる場合のみ,タイは共同宣言に署名する」と述べた。その前提条件とは国境地帯からの重火器の撤去,地雷除去における協力,オンライン犯罪の抑制,国境管理である。また,同相は,カンボジアが前提条件の完全履行に同意すれば,カンボジア人捕虜18人は釈放されると述べた(注1)。
第2に,合同国境委員会(JBC)特別会合が10月21~22日,タイのチャンタブリー州で開催された。カンボジアのラム・チア国境庁長官とタイのプラサット外務省顧問がJBC共同議長を務め共同声明をとりまとめた。JBCは,両国間で2000年に締結された国境画定に関する覚書(MOU43)に関連した機関である。共同声明の概要は以下のとおり。
(1)両国は15本の国境標を元の位置と仕様で交換することに合意し,これを合同技術小委員会(JTSC)に委託した。
(2)両国は3本の水没国境標を両国が合意した位置に移転することに合意した。
(3)両国は,測量と国境画定のプロセスを加速するために,LiDAR(光検出測距)技術を組み込んだオルソ写真地図の作成に関する2003年枠組み(TOR)を改訂することで合意した。
(4)両国が領有権を主張するチョク・チェイ-ノン・チャン村やプレイ・チャン-ノーン・ヤー・ケーオ村地域の42~47番の国境標間の合同の調査と国境画定に関連する諸問題に関して,
- (a)両国は42~47番の国境標間の優先地区の合同調査と仮設標識の設置に関する技術的 指示(TI)を最終決定するするに合意した。
- (b)調査と仮設標識の設置の完了と両政府による承認の後,両国は両国の土地占有の調整のための適切なメカニズムを決定するために協議する。
- (c)仮設標識の設置は測量のみを目的としており,カンボジアとタイとの間の国境に予断を与えるものではない。
- (d)両国は,合同調査団の安全を確保し,その活動が妨害されないために,軍民の地方機関を動員すること,地域内の更なる緊張を創出する挑発行為を抑制すること,及び,MOU43第3条に基づき,何よりも,地雷からのその完全を確保することに合意した。
(5)次回の会議
次回のJBC会議は2026年1月の第1週にカンボジアのシェムリアップで開催される(注2)。
(4)(c)の原文で用いられる「without prejudice to A」は,「Aを害することなく」という意味で,特に法律用語としては,「和解交渉で交わされた内容が,将来の訴訟で証拠として使用されない」というの意味である。
チョク・チェイ村はカンボジアのバンテイメンチェイ州,ノン・チャン村はタイのサケーオ県コークスーン郡で,国境標識46と47の間に国境未画定地域がある。タイによれば,タイが1977年に難民キャンプを設置し,内戦終結後,難民の一部は同所からの立ち去りを拒否し,カンボジア政府は同所がカンボジア領だと主張,難民を支援してきた。タイは,2014年以来,この侵略に抗議している。2025年8月,タイ当局が国境の係争地域に有刺鉄線とタイヤのフェンスを設置し,同地域を封鎖,住民は強制退去させられた。10月12日,タイは地雷除去を開始した。
カンボジアのボンティアイミアンチェイ州プレア・チャン村とタイのサケーオ県コークスーン郡ノーン・ヤー・ケーオ村の境界も国境未画定地域となっている。9月17日,サケーオ県知事はタイに侵入しているカンボジア人に10月10日までに退去するよう要求した。一方,プレア・チャン村に対するタイ軍の侵入について,カンボジア政府は政府報道官声明を出した。そによれば「8月13日,タイ軍が同地を有刺鉄線で封鎖し,10月10日,タイ軍が地雷を除去し,停戦協定,一般国境委員会(GBC)と地域国境委員会(RBC)の精神,MOU43,人権原理・国際人道法を著しく侵害した」と非難している。カンボジア政府は,同地域のカンボジア人住民は,長年にわたり紛争のある国境村に居住してきたと主張している。10月12日,タイは地雷除去を開始した(注3)。両国は国境地域における最大のトラブルを解決する意向を示したのである。
第3に,第2回GBC特別会合の事務級会合(10月20~22日開催)に続く23日,カンボジアのティア・セイハ副首相兼国防大臣とタイのナタポン国防大臣による閣僚級会合が,マレーシアとアメリカの代表,カンボジアとタイの暫定監視団(IOT)のオブザーバー参加を得て,マレーシアの首都クアラルンプールで開催された。これは9月10日に開催された第1回GBC特別会合のフォローアップである。23日の閣僚級会合は9月の会合の結果の完全で効率的な実施のための具体的な行動計画を完成させるために開催され,以下6点が合意された。
- (1)「重火器と大量破壊兵器の撤去のための行動計画」
- (2)合意された「ASEAN監視団(AOT)の設立のための枠組み」を歓迎
- (3)合意された「人道的な地雷除去に関する合同タスク・フォース(JCTF)のための運営手続き」を歓迎
- (4)優先国境地帯内での人道的地雷除去のためのパイロット国境地帯を特定するため会合を,GBC会合後1週間以内の開催することに合意
- (5)「カンボジア国家警察とタイ王国警察間のオンライン詐欺や人身売買を含む越境犯罪の予防と抑制に関する協力のための行動計画」。2週間以内に,行動計画実施のための合同タスク・フォースを設立
- (6)次期GBC特別会合を,カンボジアをホスト国として,90日以内,あるいは,この会合後,必要に応じて開催(注4)
上述の3種類の会合の成果として,10月26日,マレーシアで開催されたASEAN首脳会議の関連行事として,「カンボジア王国首相とタイ王国首相による会談の成果に関する共同宣言」の署名式が実施された。両国首相の署名を,マレーシアのアンワル首相とトランプ大統領が列席して証人として署名をした。共同宣言に盛り込まれた内容は以下のとおり。
(1)我々は,2025年7月28日にマレーシアのプトラジャヤで宣言された両国間の平和と安全に対する揺るぎないコミットメントを再確認し,各々の国の独立,主権,平等,領土保全,国民的アイデンティティの相互尊重に基づく地域の平和,安全,安定,繁栄の促進のために,武力による威嚇や武力行使を控えるという我々の確固たるコミットメント,紛争の平和的解決,国境及び国際法の尊重を改めて表明する。
(2)我々はGBC会合で両国によって到せられた合意を支持し,実施するという我々の確固たるコミットメントを再確認する。
(3)我々は,停戦の完全かつ効果的な実施の確保を目的として,ASEAN加盟国の要員で構成される「『ASEAN監視団(AOT)』の設立に関する枠組み(TOR)」に署名した。我々は,AOTがその目的を達成できるように,ASEAN加盟国に対し適切な支援の提供を求める。
(4)さらに,我々は,カンボジア王国とタイ王国の間の緊張緩和と信頼と互恵関係の回復にコミットする。これらの目的を達成し,強化するため,我々は,停戦の完全かつ効果的な実施及び国境地帯における平和,安全及び安定の回復を確保するため,以下の措置に合意する。
- (a)AOTの監視と検証の下,国境から重火器・大量破壊兵器や装備品を撤去し,各々の通常の軍事施設に戻すことを含む,軍事的緊張緩和を実施する。この文脈において,両国は,最終決定するという観点を伴う暫定監視団の監視下にある実践的かつ段階的な行動計画,及び,その後,TORに従ってAOTが確立され次第,AOTに関して議論するために,各々のチームを指名する。
- (b)AOTの監視と検証の下,国境から重くて破壊的な武器や装備品を撤去し,それぞれの通常の軍事施設に戻すことを含む,軍事的緊張緩和を実施する。この文脈において,双方は,暫定オブザーバーチームの監視下にある実践的かつ段階的な行動計画を最終決定する目的で,その後,TORに従ってAOTが確立され次第,AOTについて議論するそれぞれのチームを指名する。
- (c)緊張を緩和し,相手国に否定的な国民感情を緩和し,平和的対話に資する環境を助長するため,政府の公式チャネル,あるいは,非公式のプラットフォームを通じた,虚偽の情報,告発,申し立て,有害なレトリックの拡散・促進を抑制する。
- (d)国境地帯における相互信頼,平和を回復・維持するための信頼醸成措置の完全かつ即時の実施,善隣,友好,連帯の精神に基づく意見の相違の平和的解決,両国間の外交関係の回復に向けた取り組みに同意する。
- (e)民間人の生活を擁護し,社会経済発展に貢献するために,両国間の陸上国境の調査と画定に関して予断を持つことなく,GBCが合意したとおり,国境地帯における人道的地雷除去を調整・実施する。
- (f)武力による威嚇や武力使用,あるいは,いかなる挑発行為も抑制した,平和的手段及び国際法を通じた国境紛争の解決及び国境画定への我々のコミットメントを再確認し,JBCでの議論の結果に従ったいずれかの国によって主張される侵入という問題を含む現場の状況を平や紛争の範囲を拡大し,緊張をさらに高めるあらゆる活動の停止を平和的に管理するために,RBC,GBC及びJBCの各々のマンデートに従い,知事と協調し,これら3つの委員会を,平和的手段を通じて国境関連問題を解決するための二国間メカニズムと認識する。
(5)上記の措置が効果的に実施されれば,両国は活発な敵対行為は停止されたと認識するだろう。さらに,相互信頼を促進したいという願望を示すため,タイは捕虜を速やかに釈放することを約束する。
(6)我々は,我々の市民及びより広範な国際社会の双方に影響を及ぼす越境犯罪を防止・抑制するため,協力,情報共有及び戦略的コミュニケーションの取り組みを強化し,国境管理を強化することに合意する。
(7)我々は,過去の紛争にとらわれない明るい未来への道筋を描く必要性を認識している。両政府は国際法及び既存の条約・協定を十分に尊重した,紛争の平和的解決へのコミットメントを再確認する。両国間の平和と協力の新たな章への道を開きながら,国連憲章の文言と精神,ASEAN憲章に謳われている紛争の平和的解決に関する原則に沿って,両国が前を向いて隣国関係の構築に着手するための条件が創出された。
(8)我々は,ドナルド・J・トランプ米大統領及びアンワル・イブラヒム・マレーシア首相の臨席と支持の下,本会合が,地域における相互尊重と平和促進のための強固な基盤であるとの確信を表明する。我々は,カンボジア王国とタイ王国の間の生産的な二国間関係の回復の促進に対するドナルド・J・トランプ大統領の多大な貢献に深い感謝をもって留意する(注5)。
この共同宣言についてカンボジアのフン・マナエト首相は「完全に履行されれば永続的な平和ための基礎となるが,それ以上に重要なのは,われわれの絆を修復するプロセスが始まることだ」と語った。また,タイのアヌティン首相も「平和に向けた具体的な一歩を踏み出す」と強調した。また,アヌティンは,拘束しているカンボジア兵18人を解放する手続きを進めると約束した。一方,トランプ大統領は「軍事的対立を終わらせる歴史的な合意だ」,「多くの人々が不可能だと言ったことを成し遂げた。私たちは数百万の命を救った」などと述べた。
共同宣言に関し,筆者が重要だと考えるのは以下4点である。第1に,同宣言は両国首相が個人として調印したもので,国家間や政府間のものに比べて格下であること。内容的には,和平協定よりも停戦協定に近い。トランプのASEAN首脳会合関連行事出席に際する「間に合わせ」である。第2に,同宣言は政治的に両国を拘束したとしても法的拘束力がない点。第3に,タイの意向がより強く反映されており,これにカンボジアが従うという内容になっている点。やはり,強者が強く,弱者が弱い。しかし,そのタイも,ASEANやアメリカの意向に従わなければならない。一方,カンボジアも,ルールがあることで,それに守られている。第4に,GBC合意は国境地帯からの重火器の撤去,地雷除去における協力,オンライン犯罪の抑制,国境管理,国境通過の緩和の5項目である。しかし,会議後,タイは,国境通過の緩和は,他の4項目の改善後に開始すると主張した。そこで,共同宣言に登場するのが(6)である。修飾語句を取り除くと,これは,「我々は,越境犯罪を防止・抑制するため,国境管理を強化することに合意する」となる。すなわち,これは,国境通過の緩和には時間を要し,緩和されるとしても,貨物輸送のみ,国境検問所の限定,時間の制限などを伴うかもしれないことを示唆していると思われる点である。
共同宣言への同署名後,アメリカは,カンボジアと貿易合意,タイと重要鉱物に関する合意に署名した。アメリカによる「おみやげ外交」といえよう。
[注]
- (1)Thai PBS World, 19 October 2025.
- (2)Joint Press Statement of the Special Meeting of the Thai - Cambodian Joint Commission on Demarcation for Land Boundary (JBC), Chanthaburi,Thailand, 21-22 October 2025, 22 October 2025.
- (3)Press Statement on the Thai Incursion into Prey Chan Villege,O’Bei Choan Commune,O’Chrov District,Banteay Meanchey Province, 10 October 2025.
- (4)Joint Press Statement of the 2nd Special General Border Committee (GBC) Meeting, 23 October 2025.
- (5)Joint Declaration by the Prime Minister of the Kingdom of Cambodia and the Prime Minister of the Kingdom of Thailand on the outcomes of their meeting in Kuala Lumpur, Malaysia, 26 October 2025.
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