世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
白馬会議と『沈黙の艦隊』:戦後80年,日本はこれからどこへ向かうのか
(一橋総合研究所 CEO・白馬会議運営委員会事務局 代表)
2025.10.13
まるで狐につままれたような今回の自民党総裁選。国民の多くが物足りなさを感じたのは何故か? 1つは派閥駆け引きや目先の経済対策が議論の中心で世界史の転換点に問われる日本の戦略ビジョンがどの候補者からも明確に語られなかった。2つめは戦後80年の意味に真正面から向き合う候補者がいなかった。3つめは米中対立の渦中で,日本独自の「世界構想力」を語る候補者が不在であった。
ロシアのウクライナ侵略より30年以上前に原作が書かかれ,今,注目上映中の『沈黙の艦隊』を見た。海上自衛隊幹部の海江田艦長が部下乗員と共に米国第7艦隊の新鋭原子力潜水艦をハイジャックしニューヨーク沖に浮上,国連総会に乗り込み超大国の軍事力に押しつぶされない世界各国の真の独立と連携を主張するという虚構の物語だが,この海江田が国連演説中にテロリストの銃弾に倒れる痛烈な結末シーンが次の作品映画では用意されているという。
「戦後80年」はアメリカと向き合えば依然「敗戦後80年」であり,アジア周辺国からは「抗日戦勝80年」が聞こえて来る。あの開戦前夜に日本人が見ていた世界史の風景と80年後の今,遭遇している風景は,重なりはしないが直面する現実への洞察と目まぐるしい情勢変化への舵取りの重要性は依然変わらない。果たして日本はこれからの世界でどう生きて行くのか? 今年の白馬会議では先ず2つの「超大国」アメリカと中国への向かい方を議論し,さらにEUそしてインドやグローバルサウス諸国を引き込んだ新たな世界秩序における日本の役割と可能性につき,映画『沈黙の艦隊』の結末を想いながら考えてみたい。今回のセッション基調報告には以下の3氏に登壇いただく。
第1セッション「アメリカと日本:この2つの国の出会いと未来」の報告者はアジア・インスティチュート理事長のエマニュエル・パストリッチ氏。「今,アメリカは沈没していく船のようです。日本は彼岸からそれを見てアメリカの失敗から学び,新しい世界秩序の構築に積極的に関わってほしいと願っています。日本は,かつて東アジアの中心であり,独自の文化と技術を発展させてきました。その経験と知恵を生かし,アメリカに過度に依存することなく,自立した外交を展開し,東アジアの平和と繁栄に貢献していくことを期待しています。」・・・これはパストリッチ氏の近著『沈没してゆくアメリカ号を彼岸から見て』に出て来る日本人へのメッセージである。パストリッチ氏はライシャワーやエズラボーゲルのようなかつての知日派アメリカ人とはちょっと違う。彼は祖国にいても日本にいても自分の背筋をぴんと立てている。だからアメリカ政府にも手厳しいし,誇りを持った日本人を好む。パストリッチ氏との対話を通してペリー以来の日米交流の原点を探ってみたい。
第2セッション「中国と日本:巨大経済のアキレス腱と日本の役割」の報告者は帝京大学冲永総合研究所特任教授の郭四志(かくしし)氏。大連生まれの郭四志氏は長年日本滞在の中国人経済学者として祖国経済に常に冷静な眼を向けて来た。潜在成長率が2000~07年は年平均10.2%だったのが21~25年には4.7%まで低下する(JPモルガン予測)。世界の製造業生産高に占めるシェアは2010年の33%から,22年には29%と3割を下回り世界の工場パワーに陰りが出ている。何故,中国経済は失速に揺らぐのか? 郭氏は鄧小平の独創で生まれた「社会主義市場経済」の3つの特徴(融合性・柔軟性・過渡性)を中国人が忘れかけていると見る。それを呼び覚まさせられるのはハイテク・グリーン技術を始めとする日本経済の底力だという。米中の地政学的対決構造下で自信喪失になりがちな日本が実は持っている対中交渉カードの優位性を郭氏との対話から炙り出してみたい。
第3セッション「米中狭間で問われる日本独自の世界構想力」の報告者は武者リサーチ代表の武者陵司氏。武者氏は自前生産力の国内回帰を目指して関税を引き上げ,海外からの対米投資を求める米国に強権的な対外進出野心はないとし,一方,中国は国内過剰貯蓄が定着し,大幅な貿易黒字で稼いだ外貨のはけ口として軍事力増強に連動した20世紀型帝国主義の野心を隠さないと見る。さらにエネルギー戦略にも両者には利害衝突がある。「ウィンドパワー」,「EV」,「ソーラー」の世界の供給力を支配し「脱カーボン」の最大の受益者である中国に対し,「脱カーボン」を進めれば中国から輸入せざるを得なくなる米国は敢えて「脱カーボン」を捨て「脱・脱炭素」路線に踏み切った。この2つの巨大経済パワーがしのぎを削り合う狭間で日本は本来の強み・弱みを生かしながらいかなる独自ポジションを如何につかんでいくのか,その「世界構想力」が問われると見る。
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