世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4033
世界経済評論IMPACT No.4033

新自由主義の衰退とポピュリズムの台頭

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.10.13

政府歳出規模の再拡大

 新自由主義とは,市場原理を重視し,規制緩和,民営化,所得・法人税減税,社会保障の削減,自由貿易などを通じて経済の効率化を図る考え方と言えます。1980年代から先進国の経済政策の中心的主張となりましたが,近年,勢いを失いつつあるようです。

 米国GDP統計によれば,一般政府の経常支出のGDP比は,1960年代初めには27%程度であったものが1980年代前半には35%以上にまで上昇しましたが,そこから2000年には30%台まで低下しました。しかし,その後,再び上昇基調に転じ,2025年4-6月期には35.8%となっています。小さな政府を目指す,つまり政府規模を縮小して政府による経済への介入を最小限に留めるようにするという新自由主義の主張から,逸脱した動きと言えます。

労働分配率低下の一方,個人資産は増大

 米国の企業部門の労働分配率(雇用者報酬/企業部門付加価値)は1960年代初めの78%前後から景気循環に伴った上下動を繰返しながら1990年代初めには82%前後まで上昇しました。しかし,2000年代初めから減少基調に転じ,足元では72%前後と歴史的低水準で推移しています。新自由主義の下での経済の効率化は,所得分配面では企業に有利,労働者に不利に働いてきたようです。

 一方,家計の純資産残高の可処分所得比は,1960年代初めの5.5倍程度から1970年代後半~1980年代前半には4.8倍程度に低下しました。しかし,そこから上昇基調に転じ,2025年4-6月期には7.82倍となっています。経済の効率化が,株式などの資産価格の上昇をもたらしたことによるものと考えられます。

外に向けられる中間層の不満のはけ口

 FRBが3年ごとに公表している消費者金融調査によれば,家計純資産残高で見た上位10%階層のシェアは,1992年の67.0%から2016年には77.0%まで上昇しました。その後下がったものの,2022年時点で73.4%と依然高水準です。一方,25~75%の中間階層のシェアは,1992年15.5%から2016年には9.0%まで低下しました。その後,若干回復しましたが,2022年時点で11.2%に留まっています。さらに,下位25%階層は2022年時点で−0.1%と小幅ながら純債務状態にあります。中間層と下位層を合わせて数では75%を占める家計が,純資産額では全体の約11%を保有しているに過ぎません。

 労働分配率の低下や資産価格上昇の恩恵が富裕層に集中していることが,中間層の新自由主義に対する不満を高めているようです。ただ,政治・経済的影響力が強い大企業や富裕層への批判はかわされ,中間層の不満のはけ口は反自由貿易や移民・外国人労働者排斥などの形で外に向けられることで,自国第一主義的なポピュリズムの台頭を招いています。新自由主義の風潮が衰えたとは言っても,技術革新などによって経済の効率化を図ることは,依然として重要な経済的課題と考えられます。ただ,その一方で富裕層や企業への課税強化などによる所得や資産の分配面での政策的配慮を行わなければ,ポピュリズムの勢いが増し,国家間の対立や社会の分断はさらに深刻化するでしょう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4033.html)

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