世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
EUとCPTPP:自由貿易体制は維持できるのか
(関西大学商学部 教授)
2025.08.18
トランプ政権による各国・地域への追加関税の要求も,ようやく終着点がみえてきた。とはいえ,トランプ大統領の一声で,関税率のゴールポストが動かされる可能性は十分高く,当分の間,各国・地域の責任者には緊張感が続くことだろう。
米大統領就任以来,この関税引き上げ問題に各国が振り回され続けているが,そもそもGATTの理念を引き継いで,自由貿易の推進をめざすWTO(世界貿易機構)が貿易ルールの基盤作りに貢献してきたはずである。多くの人の中で,その存在が忘れ去られたかのように,トランプ政権との関税交渉では「バイ」での交渉方法に注目がいった。
輸出・輸入の貿易は自国と相手国とのバイでの取引ではあるものの,世界各国との取引を行うのが当然であるため,「マルチ」での取引が当然のこととされてきた。各国によるマルチな貿易取引のために,共通ルールを求めてきたのが戦後の世界経済であった。
GATTを継承するWTOは貿易ルール違反がある場合には,紛争解決機能を保持し,パネル・上級委員会での裁定を行えるはずであった。しかし,2019年以降,米国が上級委員会の委員任命を拒否して以来,多国間暫定上訴仲裁取決め(MPIA)があるとはいえ,米中間の対立を処理することができず,事実上,紛争解決制度は機能不全に陥ってきたといえる。今回のトランプ関税に対しても,同様である。(議論のあるところであろうが)WTOの存在価値の多くは,この紛争解決機能だったのではないだろうか。またWTOルールの例外規定が増えたことも,WTOの機能低下に拍車をかけたといえる。
このような状況の中で,代わってRCEPやCPTPP(包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定)といった地域的なメガFTAが貿易自由化ルール形成の担い手として注目されよう。特にCPTPPは,元々は米国を含む12か国によるTPPとして交渉が進行したなかで,米国が第1期トランプ政権の方針で離脱し,2018年3月にCPTPPとして各国で締結され,同年12月30日に発効した協定である。EUを離脱した英国は2023年に加盟合意し,2024年12月に協定が発効したことで12ヶ国が加盟することとなった。
農産品・工業品双方で関税削減を段階的に実施している。それ以外にサービス貿易・投資の自由化の面で金融,通信,運輸などのサービス分野で市場アクセスを拡大したり,投資家対国家の紛争解決手続(ISDS;ただし一部分野の留保はあり)を含む投資家保護,不完全ながら知的財産権の保護,そして電子取引上のクロスボーダーでの電子データ移転の自由化や労働基準,環境保護に関した義務など,貿易自由化以外の分野でのルールメークの役割を果たそうとしている。
地理的には遠距離にある英国が,EUから離脱した後の自由貿易圏をもとめてCPTPPに加盟したことで,自由貿易圏が必ずしも近隣諸国のみで形成されるとは限らないことを示した。サービス貿易や電子商取引といったモノではない国際取引のウェイトがより高まれば距離はさほど重要ではなくなる。それに加え,CPTPP内での労働基準や環境保護といったデューデリジェンスも含まれれば域内取引のルール形成が,世界をリードする契機にもなる。
もしCPTPPが国境を越えた取引の自由化に加え,取引ルールの形成にも関与するなら,EUとの協調も行いやすいのではないかと考える。EUは周知のように,環境政策を産業政策としても位置づけているが,それとともに環境と人権をデュ-デリジェンスの中に組み込み,EUとの取引を行う域外企業にも規模や分野によって異なるものの,順次適用していく。無論,現時点ではEUとCPTPPとのデューデリジェンスの考え方や内容には隔たりはある。EUは今後,保護主義的ともみなされかねない国境炭素税を導入することになっており,CPTPPでは,EUが志向する紛争処理のための常設裁判所を想定はしていない。しかし,その方向性をそろえることは可能ではないかと考える。その上で,デューデリジェンスの内容を一致させていくことができるのではないだろうか。
特に加盟国内の企業が関わる紛争処理機能に信認が寄せられるように堅牢な仕組みが備われば,CPTPPとEUとの連携が深まるといえる。それぞれ自由な国際取引を志向するCPTPPとEUの連携強化は,面としての自由貿易圏を拡大させることにもなり,トランプ関税で不安定となっている世界経済のアンカーとして期待されるのではないだろうか。
グローバル経済の進展によって引き起こされる課題はあるものの,そのために戦後貿易体制を崩していくことはない。いまさらながら国際取引の拡大がもたらした恩恵は大きい。あらためて貿易ルールとそれを構築・維持するシステムを再考する必要があろう。
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